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 三時間ほど睡眠をし、それでもまだ眠いため発生する欠伸を噛み締めつつ手荷物を纏める。

「いざとなったら戦闘になってもなんとかなるような装備にしておいて。服はニムの制服。着替えの服が必要ないし、汚れないから衛生的。第一、ニムとして外国に行くんだから、一番分かりやすい身分証明」

 ミイの指示通りに服などを行李に詰める。ミイが率先しているなら従った方がいい。

「終わりましたわ」

「じゃあ早速出発。これからは、一刻を争う。三日以内に到着できれば大丈夫かな」

 二人はジュの偽私室を後にして廊下に出る。

「……ん、どうした。城から出るのか」

 外へ出る道中、城の廊下で一人の男とすれ違う。なかなかに男前な面構え。長髪が特徴か。白の鎧の肩には、セゴナの国旗が小さくあしらわれている。セゴナが誇る守隊。その一人だ。

「うん。ちょっくら私たちでモヴィ・マクカ・ウィに侵入してくる」

 ミナヤからの極秘任務だというのに、ミイは隠すことなく男へ伝える。

「ちょっとクイ。いいんですの? この殿方におっしゃっても」

「大丈夫大丈夫。こいつ、口だけは堅いから。頭も堅いけど」

 とても気軽そうに男と接するミイ。ジュの脳みそを引っ張っても、この男と会ったことはなかった。

 完全に、ミイの公私の私な知り合い。

「相変わらずお言葉だな、姫。作戦を失敗させるなんて間抜けなことはするなよ? 君には前科があるからな」

「へん、私だってもう大人なんだから。亡命した頃みたいに、血気盛んにはならないって」

「その半面、若いころのように力任せに行動してみると、これが案外、気が付かぬうちに衰えていたりするぞ。どうせ俺たちはセゴナ人ではないのだ。くれぐれも気をつけろ。……そちらのニムは、医者も兼ねているのか」

 ジュはニム服を着用している上、医者を示す腕章を付けているので、鎮守府に駐在するような立場なら誰であろうが、どの立場にあるのか一目瞭然。

「じゃあ好きなだけ怪我をしろ」

「普通そこはいざとなっても安心ではないのかね?」

 自分とミイの会話を客観的に見たら、こんな感じなのだろうなあ、と思うジュであった。

「……ああ、それと。うっかりとしているな俺も。一応尋問しておくが、亡命か? 君は仕事を投げ出すような職種ではないと思っている。何所へ行くつもりだ。もしも敵前逃亡とあらば、自分は見逃すわけにはいかないからな」

「自らが都合の悪くなることを言う馬鹿がどこの世界にいるんだっての。それに、私たちはちゃんと勅令があるんだって。ナビゼキっていう村に行くの。ナビゼキって知ってる?」

「ナビゼキ? ……知らないな。自分は、学はある方だと思っていたのだが」

「だよねえ。私も知らなかった」

 あっけらかんと二人は言う。

「……え? クイ、姫だったのでしょう?」

「一応私だって帝王学叩きこまれたからさ、モヴィ・マクカ・ウィの地名はほとんど知ってるんだけど……ナビゼキ。知らないんだよねえこれが」

 薄々とは感ずいていたが……ナビゼキは相当昔から、モヴィ・マクカ・ウィに存在を抹消されている。セゴナは知っていて、モヴィ・マクカ・ウィは知らない。

 軍務大臣をしている者の出身村なのだから、いくら辺鄙な場所にあるとはいっても、周知されていても違和感はそれほどないのに。それが、全くの。

 ……まあ。

 理由を知っているジュからすれば、納得ではあった。

「む、悪い。それなら急ぐべきなんだな。邪魔して悪かった」

 ジュとミイの手荷物を見て、どのような案件なのか察したのか。簡単な別れの挨拶だけをして、男はさっさとこの場を離れた。廊下の丁字路を曲がり、姿が見えなくなる。

「クイ~。一体誰ですの、あの殿方は。独身のようではないですか」

「なにその嗅覚。確かにあいつは独身だけど。だからといって、あいつと恋人になるなんて真っ平ごめんだね。……十年前、私の亡命を手伝ってくれた男の、一人だよ」

 ミイは過去を明け透けに話してくれるのだが、父親が暗殺された前後のことはあまり口にしたがらない。これもその類なのだろうと、すぐにジュは話を切り上げる。

「そんな選り好みをしてるから、クイはいつまでたっても独身を貫いてしまうのですわ」

「関係あるかい、んなもん。第一ヤミは私ばっかりネタにしてるけど、当のヤミだって本来なら結婚しててもおかしくない年齢じゃん」

「わたくしは世界でただ一人しかいない男性しか興味ありませんですので」

 そのための凱旋と参ろう。

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