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 そんなこんなミイと話しているうちに、ジュは手紙を書き終えた。

 封筒に手紙を入れ、糊で綺麗に封をする。切手を貼らなくとも無料で郵送してくれる仕組みを、この非常時は整えてくれている。あまり意味はないが、手紙を出し放題。

「でさー、その手紙って誰が街まで運んでんの? 配達なんかしてる人的余裕って、正直言ってないと思うんだけど。ニム以上にカツカツじゃない?」

「さあ。そんなところに気を回す暇さえありませんでしたわ。何度か小父さんと小母さんとやりとりをしていますから、機能していることは確実ですけれどね。――さて。本題に移ってください。本気で眠りたいのですから」

 疲れた身体は眠るが一番。ジュにとっては眠るよりもいい方法があるのだが、それはまだ現段階では不可能なので。

「ん。じゃあなるべく簡潔に話す。……知ってる? セゴナの守隊がモヴィ・マクカ・ウィの戦線を押し返しちゃって、膠着状態に陥っちゃったって」

「そのぐらいの情報、すでに仕入れているに決まっているではありませんか。というか、ここにいるわたくしが知らなかったらどれだけ間抜けですの」

「っつうか、莫迦なんだよジェク=クァムも。内政は優秀だと認めてあげるけど、こと軍事に関してはずぶの素人。本来なら補佐するはずの側近も若造の男だし。女の使い方を分かってない。これまでは力任せに戦っても勝利できたけど、セゴナ相手だとそんなの無理無理。暗号もほとんど解読されてるし、情報とか筒抜け。兵站とかぼろっぼろ。前線の兵士、お腹空かせてるんだろうなあ。腹が減って戦ができるかっつう話。もしセゴナが攻撃していいんだったら、三日もせずに補給線が断たれてるよ」

 自分が治めていたかもしれない国の現状を嘆くミイ。ただそれは単なる愚痴のようなものだったようで、「本題とは掛け離れちゃった」と付け加えた。

「ま、わたくしもそこにおいては、イサちゃんを擁護できませんわ」

 いくらジュでも、セゴナが防衛を成功させている事実を曲げてまでシャを助けることはできない。まあこれも、いいお灸かな、ぐらいに考えている。

 ミイはニムの制服の内側から、一枚の紙を渡してきた。手では千切れないし、火を点けても燃えないし、水に浸しても濡れない。国が極秘の命令に使う、国家機密令状紙。

「さてさて。ここにあるはミナヤ様が勅令でありける。戦局を打開せんと欲する双方が国の要望を叶える書なり」

「なに恰好つけてるんですの」

「……いいじゃんこのぐらい」

 欲しい突っ込みではなかったのか、どこか恥ずかしげに頬を赤くするミイ。

「それにしても。……これが、噂の」

「十回ほど人の生を送って一度あったら幸せなぐらいの超低確率って言われてるよねたしか」

 ニムとして五年は城で働いているわけだが、初めて見た。本当に出すのか……などと驚くよりもまず先に、ジュはすぐさま勅令を確認してみる。

「ふうん……? 勅令……なのかしらこれ」

 しかしどうも、勅令というほど堅苦しい調子は受けない。どちらかといえば、手紙に近い砕けた文語体。

 ……だが数行読んで、軍事的な内容ではあると気が付いた。軍事に関する知識など無いに等しいので、ここは戦闘のプロ(ニムとしては、が頭に入るとしても)なミイに解説を頼みながら、勅令の内容を読み解いていく。

『モヴィ・マクカ・ウィは鎮守府攻略が想定以上に難航したため、国境線上に戦略級の要塞を築き上げる計画を発令した。一度の進行だけで攻め落とす算段である。そのために国境線上にある森は全て焼き払う。築城を阻止するため、ひいては森という自然を守るため、妾は政府を通してモヴィ・マクカ・ウィへ、秘匿された村の存在がある、危険物があるので攻撃するなという情報を開示した。そこの森に村があると把握していなかったシャ=イサは、事実の裏付けをとるため、ジェク=クァムの静止を無視し、森の調査に一個小隊を送り込み、探索している』

「――――」

 モヴィ・マクカ・ウィ。

 国境線上。

 森。

 この三つで、ジュが連想するものといったら。

『発見されればその村がどうなるかは分からない。住民に罪などないのだから誰かが守る必要がある。しかし守隊は条約により国境線より先に進行ができない。ここで、村に特定の力を置くことで防衛とする。戦力として十分抑止力になれる汝が使者となり、件の村へ行ってもらいたい。近いうちに、その村を秘境と謳われるまで持ちあげた原因、障壁は開放される。この一連の流れ、残りの部分を妾は干渉しない。以上』

 おおまか、そのような内容であった。

「…………?」

 危険物があるから攻めるな、などと。攻撃されると困ります、と言わんばかりではないか。

 それをわざわざ宣言した上で、調査の部隊が送られている、ということは。

(イサちゃん、ナビゼキがどこにあるのか、まだ探してるし、分かってなかったんだ)

 そこの森には村とはずばり、ジュとシャの故郷、ナビゼキである。

 シャは未だ、ナビゼキがあると思っていないのか。だからこそ、森を焦土にする作戦に打って出ることにした。

 だがミナヤの言葉により、シャはそこにナビゼキがあるかを疑い、調査の部隊を出したのではなかろうか。本当にナビゼキである可能性がある以上、森を焼く前に確かめておくべきだろう。

 ともかく、シャは置くとしても、モヴィ・マクカ・ウィがナビゼキを確認してしまえばどうなるか。

 領土内にあるからには当然、モヴィ・マクカ・ウィの占有物であるという理論を振りかざし、村の住人たちを処刑、あるいは奴隷化させることを決定するはず。ナビゼキには男が多い。長老は当然抗戦の意を示すはずだが、どこまで保つだろうか。

 そのためにも、あちらより先回りして防衛の戦力を、内密に送り込まなければならない。

「…………」

 それ以外にも気になる点はいくつでもある。

 ジュはその中の一つが大きく疑問となる。

 ナビゼキは障壁があるというのに。一般人には絶対に侵入することができなくなるほど強烈なものが。

 これがあるからこそ、ナビゼキは秘境なのだ。

 しかもその障壁が、消えるなどと。

「……ふむう。納得できない部分が多いですわね」

「私も。ミナヤ様はなにをお考えなさってるのだか」

 下々の民に、崇高なる神様の思考なんてわかるはずもなく。故に、自分たちはこうして、世界に振り回されている。

「でも、ミナヤ様と言っても、詭弁は使うのですね」

「破るために約束はある、ってのはこういう時に最大限に利用すべきだからね」

 ニムは諸外国に出向くことも多いから、他の国にいること自体はあまり問題ない。「セゴナのニム」は世界的に知られている。

 守隊が国境線を越えるよりは、遥かに普遍的に起こり得ること。

 そしてナビゼキの使者をジュとすることで、話は全て円滑に進む。

 ジュでなければいけないのだ。

 つまり、ナビゼキはこれから攻められるから、嘘は付いていないと言い切り、ニムに防衛してもらおうと。

 ――仕組んだかのようによく出来た話。

 白々しいほどに。

「……ふう。いろいろと謎の残る命令ですわね。ああ、それと。クイ。説明、どうもありがとうございます。とても助かりました」

「うわうわすっげえ違和感。そんなヤミはほら、どっかいったいった」

 しっしっ、と追い払う手ぶりをする。それがミイなりの照れ隠しであることをジュは知っていた。率直に攻められると弱いのがミイ=クイという女である。

「……ところで、クイは何をするのです? 先ほどの話ではありませんが、まさかこの勅令を運ぶためだけに来たわけではないでしょう。することがないのではないですの?」

 そしてジュも、ミイに心を向き合わせるのは、軽い羞恥なもので。話を切り替えてしまう。

「ほんっと、面倒くさい口調だねそれ。……ん、そこには書いてないっぽいけど、私はそのナビゼキとかいう村に行って、密書を最高権力者に渡すことが仕事。超がつくほどの重要機密だって。ヤミにだってその内容を話すことはできないよう、私の頭が操作されてるくらい。それと、ついでにヤミの護衛だよ」

「わたくしはついでですか。……まったく、そんなことをされなくとも平気ですのに。お母さんから頼まれたお使いぐらい、一人できちんと買いに行けますわ」

 ジュはニム式護身術も平均点で使える。武芸ではミイに一歩どころでなく何歩でも譲るが、治安の悪い国に単身出向くこともあるのだから、護衛などつけられなくても。

「斥候によると、まあヤミなら一人でなんとかなる程度の戦力しか回されてないって。だから村に辿り着いたあとの防衛はヤミ一人でやってもらうけど、下準備は私が指導する。実地に行かないと、どうしようもないしね。そういう意味でも、私じゃないといけない」

「……冗談抜きで、わたくし一人だけですの?」

「人手はどこも足りないんだよ」

 ミイはこういう時に嘘は言わない。

「さらには、ヤミだけで故郷に帰ったら、身内でわーわーやって仕事しないんじゃないか。その隙に防衛失敗するのではないだろうか。不安だ。ってことで、同じくモヴィ・マクカ・ウィ人であるお前も付いてけってニム長から命令された」

「……あれ? もしかしてわたくし、信頼されていませんこと?」

 いくら身内だからと言っても、ニムであるからには、十年来の再開をひとまず置いて仕事を優先するぐらいには誇りを持っているのに。

「知らなかった? ヤミって以外と抜けてるところあるの」

「ものすごく傷つきましたわ。わたくし、もう何もする気が起こりませんの」

「そんな繊細な心は何処かへやっちまえ。そんな柄でもないでしょ」

「まあ、眠れば機嫌治りますけど」

「軽いなー、本当軽いなー」

「というわけで、休ませて下さい。もう限界ですわ。これほど起き続けたことも、初めてなぐらいなのです……か、……ら……」

 その語尾の辺りで、ジュはすでに眠りの世界へ入ってしまった。ここまで、ほとんど気合いで持たせていたようなところがある。堕ちて当然なのだ。

「おやすみ、ヤミ。ヤミも私も、これからが正念場なんだから」

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