▼7
「(救援します)」
ただでさえこの状況に混乱しているのに、頭に響くニム長の声。
「(ここは待ってくださいわたしにおねがいさせてくださいおねがいします!)」
ニムは家の敷居。それを目の前で破壊されているのに、黙っていられる住人がどこにいる。
シャはいくら客人、そしてニムが仕えている主人であると言えど、ニムに直接牙を剥いたからには、相応の罰は受けてもらわねばならなくなる。
するとどうなる。
モヴィ・マクカ・ウィは報復として、セゴナに侵攻するだけの口実を与えてしまう。それだけで済まないだろう。セゴナとその同盟国が、反セゴナの国全体から攻撃を受ける。
この一連の出来事の結果次第で、世界的な動きになってしまう。
つまり、ここで誰かが助けにきては、良い結果は待っていない。
(どうにかしてでも自分だけで対処しないと)
ジュがそうしてまともに回らない頭で必死に対応策を考えている間も、シャは情け容赦なく次の行動に映る。
本格的に身体が動かなくなる前に、ジュはうなじの辺りで首筋に冷たさを覚えさせている、通信鈴を指で潰した。
……間に合った。これで部屋の情報は、外に漏れることはなくなる。
ジュのその動きはシャに筒抜けであったが、そんなことは気にも留めず、軍靴の爪先でジュの脛を蹴った。
編み上げ靴が衝撃を阻んだおかげで痛みはほとんどないが、問題はそこではない。
女の恥じらい……ブェテーがずれた。
なんて強引な方法で。
息を吐かせる間も置かず、シャは腰に刺してある護身用の短刀を鞘から抜いて、ジュの眼前に突きたてる。
黒く焼き入れをされた色をした刀身。
その輝きはシャの心のようであった。
編み上げ靴の紐を短刀で無造作に切り、修理するなどできようはずもないほど、見るも無残な状態にしてしまう。
突き立てた短刀は、ブェテーの紐ごと断ち切りながら足まで進撃を続ける。もはや形骸となったジュの編み上げ靴を掴み、一気にずり降ろす。
編み上げ靴と一緒に、ブェテーもジュの足から呆気なく剥がれ落ちる。
そして晒される、十代の女の、素足。
女であるジュの目には、自らの足から青白い光がぽおっと浮かび上がるのが確認できる。無論男であるシャには見ることができないが、小型動物を狙う猛禽類の、冷血でいて、なお且つギラギラとした目は、ジュの色を透視してしまっているようにも感じる。
「――は、」
あまりの羞恥に声をあげようとしたが、声が潰れてしまい、空気の出る音しか鳴らない。
全身に血が巡る。心臓が嫌なビートを刻む。
無垢な子供が虫けらを潰すも同じ、なんの感動もないシャの瞳。
せめてその瞳が欲望にギラついてくれていれば、どれだけまだ獲物とされる覚悟ができるものか。
シャは警戒を解かずに右手は短刀を握りしめている。空いた左手の指で、ジュの若さ特有の、滑らかな肌をしている脛にナメクジの如く這わせる。
刹那、身体に走る電流。
魔を持たざる者……男が女の脛に触ると、魔は外へ流れ出ようとする。
これを利用すれば、女の魔素を逃がすことができる。ちょうど、電気が溜まっている箇所に金属の棒を突っ込むようなものだ。電流は金属を伝って外へ出るのだから、金属の先に充電器を設置しておけば電気はいつまでも流れ続ける。
魔が無くなっていく感覚は、女にとってあまりにも不快な感覚。
であるから――
「あ、く……あぁ」
自分でも情けない声が漏れる。上ずった、甲高い声。
自らの口から発せられているというのに、最早、活動写真の向こう側に思える。
シャは、そんなジュの身体を溺れさせる砂糖を全て排出させんとばかりに、執拗なまでに脛を触り続ける。ジュは刺激に耐えきることができず、次第に熱を帯び始める。
「はあ……はあ……ふぅ――……はっ、はっ、は! ……ふぁ!」
頭がぼおっとする。
いけないのに。自分は今、如何に好きな男性にとはいえ、犯されているというのに。
慣れている一連の動作。まるで、すでに幾人かの女にも同じことをしたかのような。
……いや。
もう、数えきれないほどの女を、その手に掛けてきたのだろう。
イサちゃん。それだけ、厳しい世界なんだね。
そう声に出したくても、ニムの使命が、そうでなくてもシャの行為が、それを阻む。
「あ! ……はっ、はっ、はっ、……うぅ……く、はぁん!」
「こんなことをされた経験、ないだろう。……なくあってくれ」
身体から力が抜けていく。失った体温を求めるように、びくびくと強く痙攣する。顎が意思に関係なくのけ反る。
肉体と精神が、乖離する。
男という生物は、太古の女たちにより、性欲がなくされ、理性だけに支配されるようになってからは、「美しさ」を女に垣間見る。
そしてこうなってしまった女を見た男は誰だって、ある感情に征服される。「もっとこの美しい芸術を、壊したい」と。
シャはジュの脛に、顔を寄せる。息が当たる。
「――っ! あ……、そ、……こ――ぁ!」
あろうことか、シャは口の中から紅い舌を伸ばし、ジュの脛に這わせてきた。その紅さは、ジュの白い脛を蹂躙せんと、光る道を引いていく。
……女の桃臓から分泌された物質、リュガジセンは、外の世界へ影響を及ばす魔の場合、導管を通って外部へ放出される。この時に「魔」という現象が起こる。このリュガジセン、男にとって全くの無害ではないが、基本的に無視できる。手をつなぐぐらいだったらなんの問題もない。男の肌は、多少のリュガジセンを弾くことができるようになっている。
「……っ、う、」
だがそれも、表皮と表皮の触れ合いに限る。シャのように、身体の内側……粘膜で女の肌へ触れると、普通はリュガジセンを吸収する。血流に乗り、全身へリュガジセンが流れ込む。
そして男には、分解する酵素を持ち合わせていない。
ある程度血液にリュガジセンが蓄積すると、一種の酩酊状態となる。
この時の男は、酷く原始的になる。
過去の女たちは、男を理性的な生き物とした。
それは、男に恐怖し、その恐怖を力でねじ伏せることが魔によって可能になったからだ、などと考察する学者もいる。
自分の近くにいる、身体の大きい動物。もしかしたらなにかの拍子に暴れだすかもしれない。だから首輪をつけて、鎖を繋いでおく。
……なるほど。開放された「男」とは、このようになってしまうのか。
それをジュは初めて目の当たりした。
したのだが。
不思議なことに。
怖さはもちろんあるのだが。
――襲われていることはまるで怖いとも思わなかった。
それよりも、こんな中、ある想像が頭に過ぎっていた。
シャを担当するニムがジュではなかったとしたら。
シャは同じように難癖をつけ、手を掛けのだろうか。
それの方が嫌だ。
とてつもなく、嫌だ。
「はあ、はあ、……こうされても、はあっ、ニムとは客人を立てるのかっ? そうしたいのかお前は?」
それは言語として成立はしていたが、発音はとてもあやふやであった。なんとか聞き取れるといった程度。または、ジュの頭がぼんやりと霧が立ち込めていたから、そう感じたのかもしれないが。確かめる手段はない。
「お、き、ぃゃ、くさま、が、の、ぞ……むことで、したら、うけ、た、まわるの、が――」
ジュも似たようなものであった。一文字一文字を意識して声帯を震わす。
「それが……そ、ぅ!」
再び、シャはジュの脛を舐めはじめた。
次々と身体から魔が抜けていき、それを埋めるように電気がみっしりと詰まっていく。
「わた、しぃ……た……ちい……っぁ、――ふぅぁ」
脛だけでは飽き足らないのか、両手は南下、舌は北上してくる。それまで一か所であった刺激が、一挙に戦場を広げる。
「ニ――……ゥ……の、」
シャの息は更に荒くなる。知性のない動物が、このように獲物をなぶることなどありえない。野生に取りつかれながらも、そこは人間として、ジュを的確に破壊していく。
「おし、……ご……と、ん! ……で……す――」
お客様が望むことでしたら、承ることこそが、私たちニムの仕事です。
私はニム。
ニムナ様を目指し、ミナヤ様に付き従うもの。
ジュの覚悟ともいうべきものが、肌をから舌を通してシャに伝わりでもしたのか……シャの眼は、見る間に冷めていく。
「そうか。お前は本当に、『あの女』の思想に染まってしまったのか」
ジュの言葉を聴いて、シャは何かを納得したような顔をした。
「ふん、もういい。興ざめだ」
その顔は、モヴィ・マクカ・ウィの軍務大臣、その人であった。
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