△4

「俺はどうしたらいい」

 生きていたのか。

 生きていてくれたのか。

 嬉しいとか喜ばしいとか、そういった感情が起こる前に、そんな単純な気持ちだけが胸に蟠る。

 そして時が経てば、今度はどうやって生き延びたのかが疑問となる。

 軍務大臣となってから、本当にナビゼキの村人が全滅したのか、微かな希望を元に調査をしてみたが、ついに一人として見つかることはなかった。

 幼き日々の欠片は、ミナヤ=クロックによって……。

 シャは率直に、そう結論を下したのだ。

 希望など捨て、全てを奪ったミナヤ=クロックに反抗心を持つには、それで十分すぎるほどの燃料だった。

 しかし現実にジュは生きていた。

 まさかこれが、魔によってもたらされた幻覚ということは有り得ない。そう断言できる根拠はある。敵陣地に単身乗り込むのだ。暗殺を企てられた時の対策は過剰すぎるほど練ってある。

 シャの身体は、モヴィ・マクカ・ウィの中でも高貴な女に、二日ほど魔を全く受け付かなくなるほどの強力な防衛魔を覆わせてもらっている。あるいは、ミナヤならそれも意味がないのかもしれないが。

 死者を再生させる技も魔もこの世には存在しないのだし、ミナヤ自身、他者の身体を操ることは、人類最大の過ちだと、堅く禁じていたはず。

 その件で、どこかの裏で活動していた組織が潰されたという話だ。モヴィ・マクカ・ウィもその組織に頭を悩まされていたから、よく覚えている。

 陰で実は……とも疑うが、古今東西、ミナヤに猜疑心を抱いている者が、決定的な証拠を掴めたという試しはない。

 そんな、自身が禁忌としている魔を使っているという仮定をするよりは、何かしらの手段でジュは逃げ伸びた、と考える方がよほど現実的だ。

 以上の結論から、ジュが生きていて、自分の意思でこの城でニムをしているのは、ほぼ間違いようのない事実。

 シャが持っている知識でニムとは「セゴナの城に住まうミナヤに従事する女性のことを指す」というものであった。

 国中から人材を集め、厳しい試験に合格した者だけがニムになることができる。その点、ジュは楽々その条件をクリアすることができるだろう。

 昔からジュは優秀であった。本人には全く自覚がないのだが、全てに関して能力が高い。何をやっていても、子供ながらに大人以上に有能に働いた。

 また、魔が使えないナビゼキだったからこそ、余計に浮き彫りとなっていたこともある。

 風の流れがおかしいから台風が来ると数日前には予言をしていたり、害虫の異常発生が起こりそうな兆候があるから対策をしてほしいと村長に打診したら、本当にその年は蝗が大量発生したりと、その勘は未来が見えているようだった。

 年下でありながら、自分よりも遥かに能力が高い。ぽわぽわとしておきながら、大人以上の力を持つ。シャはそんなジュに、ある種の畏敬の念を持っていた。

 それほどに、ジュは辺境の村で燻っているような人材では到底なかった。

 ……さて。

 問題は、ナビゼキを襲ったのはミナヤ=クロックであるのに、ではどうしてジュは、その張本人に自らの意思で従事しているのか。

 ナビゼキを襲ったのはミナヤ=クロック。

 ニムはミナヤ=クロックを敬愛する。

 この二つから導き出せる、最も単純な答えとは。

『ミナヤ=クロックはジュ=ヤミという一人の少女を拉致し、自分の国の思想を押しつけ、敬愛するように洗脳させた。それもこれも、ジュ=ヤミの力を利用するため』

 セゴナという国、そしてミナヤ=クロックという人間に憎悪を抱いているシャは、ごく自然に、それが真理のように決めつけた。

 ならば洗脳を解いてやらなければならない。

 シャ=イサの正義感。

 それでは、ミナヤ=クロックがニヅを焼き払っていた理由の答えにはなっていないことすら気付かずに。

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