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 技が発明されて早千年、それでもほとんどの国が女性優位の国家を成立させている。

 モヴィ・マクカ・ウィは、典型的な女尊男卑の君主国。

 女を輝かせるために男は生きている。女にとって軽視されている生物なのだから、男がまともな職業に就けるはずがない。ましてや政治に口出しするなど、まず有り得ないと言い切れるのだ。

 そんな中、モヴィ・マクカ・ウィのミイ=サロは、世界でも稀を見る男の王であった。

 王族の継嗣問題の折に紛れ込んだ異物。しかし当時、ミイ家の血を唯一持った人間。血脈を絶やすわけにもいかず、世間に隠匿したまま、仕方なく担ぎ出された仮初の王。

 ミイ家は伝統を重んじる。いくら人間ではないはずの夾雑物だったとしても、一度でも正式な手順を踏んで王になってしまったミイ=サロを、すぐ王座から降ろすことはできなかった。

 幸い、第一子としてミイ=クイが早いうちに産まれてくれたことで、即座に王位を継承させることで一先ずの決着となった。

 しかし、別の大きな問題が波紋となる。

 ミイ=サロは、働きすぎたのだ。

 王になる前、数多くの仲間を水面下で各所に設置していたミイ=サロは、本人が一声掛ければすぐに政治を動せるよう周到に準備を重ねた。

 もとより人身掌握の才があったことのあり、腐敗し切った上層部を動かすことなど、なんの壁もなく行えた。

 セゴナのような国にしたいとかねてより思っていたミイ=サロは、セゴナの法律を真似た。……無論、全て丸写しというわけではない。セゴナで成功しているからと言って、事情が異なる他国でも成功するなどと考えるのは浅はか過ぎる。良い部分は取り入れ、合わない部分は排斥しながら慎重に法の整備を行った。

 特に、セゴナでいうところの『女尊男尊』のような、全ての人間を対等に扱う政策に力を入れた。男の地位をただ上げるだけでなく、女と同じ場所に立てるようにしたのである。

 これがいけなかった。

 まずかったところとしては、セゴナを参考にしたところも挙げられる。

 モヴィ・マクカ・ウィは、「反セ」の思想が大きい。どうして敵国を参考にするのか、売国奴め、と。

 それもそうなのだが、……というより、やはりこちらが本命となってしまうであろう。

 見事に女の反感を買ったしまったのである。

 人の口に戸は立てられぬ。いくら戒厳令を敷いても、ミイ=サロが男だという噂は、瞬く間に広がった。

 たとえミイ=サロが本当は女だったとしても、たち行かないほどに反乱が起きた。当然、ミイ=サロの良くも悪くも革新と言える政策は、そのほとんどが潰されてしまう。

 溜まった膿はいつか吐きだされてしまう。

 尖った物に触れれば、それだけで黄色く熟してしまった膿が止めどなく流れ出す。

 その針となったのは、ジェク=クァムのクーデターである。

 もともとジェク=クァムは、単なる執政官に過ぎなかった。しかし密かなルートを造り、そこから得た利益を元に軍備を整え、じっと決起を計っていたのである。

 そして好機とばかりに、電光石火の早業でミイ=サロを殺害した。

 すぐにミイ=サロのような男を産み出したミイ家を、その血筋から根絶やしにする命令を公布したことは、女たちを更に興奮させた。

 一連の事件を経て、ジェク=クァムは国民に大きく持て囃される。モヴィ・マクカ・ウィの女にとって、ジェク=クァムは救世主となった。

 卑賤な者に王座を使わせていたことなどすぐに記録から抹消し、さらにこの栄光を永遠のものとするための政権が発足したのである。

 華々しい幕開けを迎えた新政権は、土壌を盤石にするべく、迅速に行動をする。

 人から支持を集めるのにもっとも簡単な方法は、目に見えた問題を解決すること。雨が降らなくて飢饉になってしまっていたら、太陽を敵と見なし、雨雲を味方と見なす。敵となるものは、その状況次第でいくらでも変わるし、なんでもいい。

 ジェク=クァムが選んだ仮想敵はセゴナであった。「ミナヤ=クロックを倒すために、私に力を貸してほしい」……その演説は、大声援を持って演説は幕を閉じたほど。

 モヴィ・マクカ・ウィの戦力では、甘く見積もったとしてもセゴナを攻め落とすに至らない。そもそも戦いで「相手が弱ければいいなあ」という願望を交えていてどうして勝利をつかむことができよう。モヴィ・マクカ・ウィが勝つためには、領土を更に広げ、国力を大きくする必要がまずあった。そのため積極的に侵攻作戦を立てたのだ。

 しかしそううまくもいかない。戦いは敗北を繰り返した。

 その原因は、士気の低迷。

 男は奴隷。ということは、兵士として徴用されるのは、男。

 仮に男が勲功を上げようとも、恩賞は飼い主である女に渡ってしまう。

 戦っても恩賞が貰えないのに、どうして本気になって戦えようか。

 どうしたものか。

 こんな時に現れたのは、シャ=イサという少年である。

 シャはナビゼキを去り、辿り着いたモヴィ・マクカ・ウィの街で保護された。シャが逃げてきたことは、すぐに話題となった。〈辺境にある村が、ミナヤ=クロックに襲われた〉という重大事件として取り扱われたからだ。

 ジェク=クァムの耳にもその情報が届いた。そして、男であるのに手厚く持て成されたシャは、己の身に降りかかった全ての出来事を打ち明けた。

 するとジェク=クァムは、一面焼け野原となった場所までシャを引き連れた。

「これがミナヤ=クロックが崩壊させた村の、なれの果てだ」

 シャはこの時になってようやく、白いドレスに金髪のあの女が、神だなどと謳われているミナヤ=クロックなのだと知った。

 その仇が仕出かしたことに、シャはただただ呆然とする。

 ジェク=クァムがナビゼキだと言ったこの場所は、燃えカスしか残っていなかった。

 どれほど残酷であれば、ここまで綺麗さっぱりなくなってしまうものなのか。

 村の形が、面影すらない。

 いつも遊び場としていた場所や、剣の修行に励んでいた場所、はたまた……幼馴染のあの少女と二人だけが共有している、秘密の丘まで。どこもかしこも、大きく抉りとられている。

 何が神だ。魔などという力を持たない無抵抗の者を襲っておきながら、最強を名乗るのか。

 シャは憎しみの念をゆっくりと育てることになった。

 村を襲われた少年が抱く野望など、一つに決まっている。

 これより何年もの間、あの女に勝つことだけを考え、政治を学び、剣の腕を磨き、過ごしてきた。

 モヴィ・マクカ・ウィは女が中心なのに、男であるシャが政治の中枢に入り、それでも尚支持を集めることができるのか? この問いについては、『男の支持を貰うため』という、ジェク=クァムの思惑がある。

 復讐を胸に、ミナヤ=クロックを倒すため、女だらけの政治の世界へ取り入り、実力を見せつけながらのし上がり、遂には二十にも満たないその年齢で軍部のトップに躍り出る。

 これは男にとって、希望の星となったのだ。

 次々に侵略を進めるシャの手腕は、男からも支持された。おかげで士気は見る間に向上。作戦も成功を重ねる。

 突如現れた男が、軍のトップに立った瞬間に、領土が面白いほどに広がっているのである。男が大臣という高い地位を持っているとしても、ここまで戦功を打ち立てているのならば、流石にミイ=サロのように否認する理由もない。結果、女からも支持を集めることとなった。

 すでにジェク=クァム政権は、名実ともに、欲しいままにしているのである。シャはそのための、客引きの動物と化していたのだ。

 もちろん、いつだって自分自身の意思でここまでやってきた。可能な限り、自らの力で可能な政策は行ってきた。失業者は軍で野党ことで救い上げてきたし、軍部の発言権も高めた。

 自分はジェク=クァムに利用されている。……そんなことは十分に理解している。

 そうでもなければ、いくらジェク=クァムの後ろ盾があろうとも、大臣になれようはずもない。

 だが仮初でも、若いながらに発言力を持ち、国の代表として外交まで任される。

 それほどの地位にまで上り詰め、ついには憎きセゴナとの戦争のため、条約を調印する。

 ――そんな段に至ったのに。


   =


 ずらりと並ぶ、同じ様相をした女の隊列には思わず圧倒される。これが噂に名高い、セゴナの城を守る使用人、ニム。完璧だけを望み、主人の意向だけを遂行する。しかし城を攻撃する物は、例え味方であろうとも反撃する。城を守る最後の壁。

 ああ。

 どうして。

 このニムの中に。

 どうして、どうしてお前がここにいるんだ。

 ジュ=ヤミ。

 隣の家に住んでいた女の子。

 ずっと結婚しよう、結婚しようと言い続けていた幼馴染にして、許嫁。

 決して悪い感情は抱いていなかった。

 むしろ、淡い恋心さえ持っていた。

 ただ、あまりにも真っ直ぐに好意を伝えてくる年下の少女というものが、少年には度を超えてくすぐったかったのだ。

 その想いが、この瞬間、打ち砕かれる。

ニムが本日、シャ様のお世話をすることになりました。短い間ですがよろしくお願いします」

 断言できる。明るく間延びして溌剌とした声は感情を持たない冷たいものと変貌し、短く活発的であった髪は長く豊かになり、筒のような制服に包まれている身体はすっかり女のものになっていて、無防備であった脛はスカートとその下に編み上げ靴を履くことで完全に守られているが、顔つきはそう変わっていない。

 変わったとしても、間違えてたまるものか。

 ナビゼキはあの女ミナヤ=クロックによって全滅したのではないのか。自分が見たナビゼキの跡は。あれは一体。今に至るまで、生存者は一人も発見されていないはず。どうして生き残って、しかもセゴナなんぞに。

 訊きたい。

 訊きだしたい。

「ああ。よろしく頼む」

 しかし、シャの立場はそれを阻害する。軍務大臣として、自分は敵陣であるセゴナの城に単身乗り込んだ。この双肩にモヴィ・マクカ・ウィの全国民の尊厳がのしかかっている。たかが一人の女に惑わされるわけにはいかない。何事もないように振舞うしかないのだ。

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