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「お久。今日って暇だよね、ヤミは」

「本当に久しぶりですわね。……ええ不幸なことに。クイと同じ日に休日を貰いましたから」

「街に出ない? 久しぶりにさ」

「いいですわねえ。ちょうど新しい服が欲しかったところですわ。いい時に誘ってくれるものです。クイはこれでどうして、わたくしの気分を上げてくれる天才なのかしら」

「……それは言外に、『服買ってよ』ってねだってんだよね? ヤミのことだから」

「普段はわたくしが奢っているのですから、たまにはクイも上司らしいところを見せませんと。後輩たちに示しがつきませんわ」

「いやいや、ヤミの上司になったつもりは一度もないし。先輩ではあるけどさ」

 更衣室でニムの制服から私服に着替えながらも、ジュとミイは姦しく談笑していた。

「今、世間で流行してるのってなんだっけ? 今週の『ルォズヌ』、まだ見てないんだよね。というか、もう数カ月か。ずっと忙しくったからねえ」

 ルォズヌはセゴナで有名な、読者を若い女性に限定している週刊誌だ。「ある年齢を超えると自然と流行についていけなくなるから、自分でも知らぬうちに読まなくなる」というのが先輩たちの言。

 つまるところ、まだ若者の範疇なジュとミイも愛読しているのだった。

 もっとも、ミイはそろそろセゴナ基準では若者の年齢からははずれてしまうのだが。

「……なに? その眼は。いいじゃん、私がまだルォズヌを読んでたって」

 制服であるスカートの下から、ズボンを履きつつミイが言う。

 それがたとえ同性であろうとも、他人に素肌、特には脚を見せることに抵抗を持つのは、この国では普通の感覚。

「ふふ。これを機に、読むのを止めるのはどうでしょうか、と思っただけですわ」

「ひっでー。私だってまだ二十代なんだから」

「わたくしはまだギリギリとは言え十代、少年期。クイは青年期。よろしいですわね?」

 ふっ……と勝利宣言に等しい余韻を残したジュは、裾が太ももほどもある開襟服をまず先に着てから、その上に袖のないワンピース型の服を着る。

 スカート丈は足首すらも覆うほどの長さ。すでにスカートで隠れてはいるが、脛を覆う編み上げ靴を履く。

 組み合わせ自体は単純であるのだが、そこはジュの着こなしが成すある種の「魔」なのか、清楚でありながらも同時に、若者なお洒落となっていた。

「最近、忙しいからとはいえ寝てもなかなか回復しなくて……って何言わせんの」

「勝手に自分から言ったのではなくって?」

「……いやあさあ、若い頃は無理できたのに、いつの間にか睡眠重視になって、夜更かしできなくなるって、なんか割と真面目にへこむよ?」

「普段は睡眠が趣味と公言しているのに、それが嫌だなんてね。おかしいですわ」

「それは講釈たれるニム長がうざったいからそう言ってるだけだって。そこで眠るからこそ、夜はあんまり睡眠取らなくてもいいんだよ」

「で、そうして怒られると」

「いやーそれほどでも」

「わたくしってたまに、そんなクイが心の底から羨ましくなる時があってよ」

 義務教育を終えてもうすぐ十五年を超えるミイ。それなのに、未だ学生のようである。

 良い言い方さえすれば、いつまでも心が若いままということか。

「ヤミもあと数年しないうちに二十になるんだから、私と同類だってぇの」

 ここ最近、年を取ってきたことが現実に差し迫ってきたからなのか、どうも年齢の話題になると過剰反応しがちなミイ。

 しかし本人は気づいていないのだろうが、出会った当初と変わらぬ、ズボンのおかげですらっと伸びて見える脚線は若々しさが溢れ出ていて、同性であろうとも見蕩れてしまう一品なのであった。この辺はスカートで出せない魅力である。

 脚に自信がないジュでは、その衣装を身に纏うのは忌避したいところ。

「――最近は特に西方へ注目が集まっているらしいですわね。なんでも、近年成立した国がこれまでにない生活様式を取り入れているのだと。それを見たセゴナ人が、その様式を取りいれようと思考錯誤している最中、とのことですわ。まあ、よくあることですわね」

 この調子だといつまでもぐちぐちと言われ続けられそうなので、話を戻すことにした。

「ふぅん。じゃあやっぱり私は南国側で勝負することにしよう。あと十年後くらいに南国が注目されると私は踏んでるから。そのために、もう先物取引しちゃってるし」

「流石はニムナ=クロックを目指すもの。素直じゃないですわね。他の国は知りませんが、セゴナ内だと今流行っているものに投資した方が、ずっと確実なのに」

「まあね。……って、同じくニムなヤミが言わないでよ。大体、目先の利益に目がくらんでたら、私の野望は果たされないんだっての」

「はいはいお姫様」

 もう五年近くも同じ職場で働いているとなれば気心はすっかりと知れるもの。お互い名前を呼び捨てで呼び合う仲となった。

 同僚はもちろん他にもいるが、ジュはどういうわけか一緒に居て一番楽なのは、自分が元居た国のお姫様、ミイなのである。

 それはミイ側も同じらしく、単なる一般市民にしか過ぎなかったジュと全く対等に付き合っている。

 通常ならば絶対に会うことはなかっただろう二人が、別の国では公私の両方ともほとんどの時を一緒に過ごしている。

 ある時は姉妹として、またある時は友達として。

 そしてまたある時は職務上の好敵手として。

 これもある種の運命と言えるのだろうか。

 ジュが試験に合格して早五年。職務はすっかり覚え、一人前のニムとしてジュは城で働いている。

 十四歳の頃とはえらい変わりようだ。

 小父さんも小母さんも、ジュの成長ぶりには涙を流して喜んでくれる。化け物が集うセゴナ城で働いていると、まだまだ自分は矮小な存在にすぎないのだなあと、日々悩む毎日を送ってはいるのだが。

 下手をすると、ミイにすら感じてしまうぐらい。

 いつになれば、並ぶことができるのだろう。

 ……小父さんと小母さんのことを思い出したら、なんだか恋しくなってきた。

 城に住み込むことになってからは、長期休みでもなければ家に帰れなくなったから、たまにしか会えないのだ。

 やはり自分は、そういった点でも子供なんだなあと思い知らされる。

「それにしても、随分その口調も慣れたよね、ヤミ」

「ふふふ。ありがとう、クイ。嬉しいですわ」

「皮肉が通じない。これだから今時の若者は……」

「それを言うと老けて見えますわよ。それに、用法もまるで正反対。わたくしたちは純粋なセゴナ人ではないのだから、せめて精神だけはいつまでも若く保たないと。悪いところは若者で、良いところは老成してますわよ、クイ」

 セゴナ語は建国当時からあまり変化されていない。現代のセゴナ語を使えるのなら、数世紀前に遡ろうが通じる。

 それだけあって、ジュのように言葉自体をアレンジする人間は極めて稀だ。かなり異色を帯びている。

「とかなんとか言いつつも、気が抜けると昔みたいな口ぶりに戻っちゃうんですけどね」

 ですわ調を使いだしたのは、かれこれ二年ほど前。やはり普段無理をしているためか、こちらの方が気楽ではある。せいぜい使える相手はミイくらい。それ以外の人と話す時は、すぐ元に戻す。

 もっとも、ジュの素の口調自体、セゴナ語を覚える時に自分の特徴になると思い、訛りを敢えて矯正はしなかったものである。昔からそれだけ個性を追い求めている証でもある。

「だったら常にそれでいいでしょ」

「クイのように砕けすぎもどうかと思いますけれどね」

「しょうがないじゃん、こうやって覚えちゃったんだから」

 ジュとは反対に、ミイは独学でセゴナ語を勉強したうえ、先生となった人の影響を強く受けたせいで、このような砕けた口調となっている。

 公私の公ならともかく、私では変えるつもりはない様子。どうも、セゴナ語とニム語のような感覚で使い分けているらしい。

「まったくもう。ヤミっていったら、やっぱりそういうオドオドした感じだって絶対。初めて出会った、あの涙目だった女の子は何所行ったの」

「わたくしは新しい自分を開拓したいのですわ。日々邁進しなければ、いつまで経ってもわたくしは、自らに設けている目的を達成させることができませんから」

 その目的のために、今はニムを頑張っているにすぎない。

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