第二章 最後の休息▼1
セゴナが建国されるよりも何千年もの遥か昔。
そんな太古の時代の物と推測されるミイラが、セゴナの考古学者によって発見された。
解剖の結果、現代の人間と太古の人間は、ある一部分が大きく異なっていた。そしてその特徴は、女にのみ見受けられた。
太古の女の内臓は、消化器が多く、消化管が長い。
そして「桃臓」と呼ばれる内臓が存在しない。
これでは女が「魔」を使うことなんてできない。
学者たちはこぞってその昔、人類に争いがなかったのだと推察した。
今でこそその説もまた覆されているが、ミイラが発掘された当時は本当にそう思われていたのだ。
その理由とは。
――桃臓は人体にとって不要な臓器と思われていた。血管こそ通っているが、なんの働きもしないからである。
しかし、医学の進歩により、それは誤解であることが判明する。
一般的に魔力と呼ばれる分泌物、「リュガジセン」を精製している総本山こそ、桃臓であった。
魔とは、現実では起こり得ないであろう物事を現実化させる力のことである。リュガジセンはその媒介。
その起こる現象を例えるならば、指先に炎を灯してみたり、怪我した部分の治癒力を早めてみたり。
液体の水の形をダイヤモンド化させることや、空気を固めて呼吸のできない環境を作りだすことだって可能。
なんでもありなのである。
この魔というもの、魔を持たざる者にとっては対抗する手段が存在しない。
それこそ物理的な壁が相手であるなら、たとえ素手であろうとも、殴り続けて損害を蓄積させれば、いつかは破壊させることだってできよう。
だがそれも、殴る相手が空気だったら?
持たざる者、それすなわち、男。
男には桃臓がないのである。進化の不都合か、それとも神の気まぐれか。
嘆いても仕方がない。男に桃臓がない事実は変わらない。
ともかく、女には絶対的な力があり、男にはない世界が生まれた。
人間が力を持つ者と持たない者に別れてしまった時。
そこに平等という単語は、有って無いも同然となる。
男は長い間、女に隷属して生かされた。その立場に甘んじるしかなかった。
そうだろう。純粋な腕力では優っているとはいえ、空気すら操るような者を相手に、どう戦えと命じることができる。それはあまりに酷というやつだ。
……しかし万能と思われる魔にだって、欠点はある。
全くの零からは、新しい命を作ることができない。
鉛から金を精製することはできるのに、土くれから人間を捏ねることは不可能。
稀代の天才と呼ばれた女ですら、その境地に辿り着くことはついに至らなかった。
増やさなければ種の存続はできない。
減らさないためには。
子を産むしかない。
これだけ。ただこのためだけに。男という、たしかにそこに存在している一つの生命は。
女は全ての男から性欲を消した。男が唯一、原始の生物に戻る瞬間。これを消すことで、男は食料と水さえ与えれば、反抗することなく働いてくれる。発散させる必要などないから。
であるから、赤子が必要となった時だけ、魔によって『雄としての機能』を思い出させる。
これでは、女は女である意味があるが、男には男であるだけの理由が点在すらしていない。
本格的に、男は命令を忠実に聴いてくれる道具でしかなくなった。
そんな中、何百年と続いた男と女の関係を崩す、ある理論が考証される。
「技」である。
技とは端的に言えば、現実にある物を利用し、現実に有り得る出来事を起こす物事全般を指す。
火を発現させるには酸素を消費するし、怪我をしたら薬を使う。
技を発明した者の指揮下、世界にいる男たちは皆一様に、女たちへ反旗を翻した。剣に槍に弓に……それすらも、魔に頼り切りの女たちは、生み出すことをしなかった。
所詮、技は魔の劣化でしかない。何もないところから何かを生み出す魔と、何かあるところからでしか何かを生み出せない技。両者が対立すれば、技は蹂躙されるだけでしかない。
しかし女には長い間、外敵というものが存在しなかった。あって内輪揉めぐらいなもの。
そこで突然現れた第三勢力。
女たちは動揺した。
下にしか見ていなかった者が「あっ」という間もなく、自分たちを打倒してきているのだ。
戦力は均衡した。そこから長い時に渡り、男と女は対立する。
その状況を覆した人物。
それこそがこの世の輝を纏った女、ミナヤ=クロック。
そしてミナヤは大陸の片隅に一つの国を建国した。
誰であろうが入国可能。男も女も、完全にどちらも平等な国。世界で唯一の女尊男尊を成功させた、セゴナを。
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