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 礼拝堂から戻ったジュはお付きのニムに案内してもらいながら、後学のために脚が棒になるまで城内を歩きまわる。

 水先案内人となったニムが話してくれる、城に纏わる逸話はとても興味深かった。歴史科目は苦手だが、嫌いではない。

 それよりも、疑問に思ったことをニムに質問すると、どんなことであろうが全て答えが返ってきたあたり、ニムはどれだけ知識がないと務まらないのか。恐ろしい。是非ともその記憶力が欲しい。

 どうして自分は、必要でないことはこれほど記憶できないのだろう。

「それではお部屋へお連れしますが、どのようなお部屋を所望ですか?」

「へ?」

「お客様の需要に答えられるよう、我が城では様々な個室を用意しています。こういう部屋がいいという要望がございましたら、可能な範囲で実現します」

 可能な範囲ということは、ほとんどその通りにするってことなんだろうなあこの様子だと。

 ジュは最早諦めに近い形で想像する。

 ……少しだけ悪戯心が湧く。

 城には相応しくないような部屋を注文してみたら、きっと……、

「できれば、わたしみたいに普通な女の子がいられる場所がいいんですけど」

「それなら該当するお部屋がございます」

「あるんですか!?」

 他にもニム候補が四人いて、その四人もそれぞれの要望を言っているだろうに、もしもカブったらどうするつもりなのだろう。

 どんな手段を使っても、要望通りの部屋を作りでもするだろうか。それぐらいやりかねない勢いだ。

「ニムの服は今日はもう必要ありませんので、私服に着替えなさられてもかまいません。夕食まで時間がありますので、間食をしたい場合、机の上にあるお品書きをご覧ください。この鈴をお渡ししておきます。注文したい時はこちらの鈴をお鳴らし下さい。すぐに食事をお持ちします。その他にも用がありましたら、気軽にこちらの鈴で承ります」

 三時間ほどのちょっとした旅を終え、やっとジュは客室へ到着することになった。

 説明をしながら部屋の鍵を開けてくれる。

 と言っても、鍵が物理的にあるわけではない。

 ニムが扉の前に一秒ほど制止しただけで、ガチャッ! と大仰な音が鳴り、勝手に扉が開いた。

「この扉は基本的に閉じられていますので、開けたい時は正面にお立ちください。自然に解錠されます。現在はジュ様が部屋の使用者となっておりますので、仮に不審者が立ち寄ったとしても、許可を出さない限りは勝手に開くことはございません。それ以前に、そのような者がこの城内を闊歩するようなことには、私たちが決してさせません」

「どういう仕組みで開くんですか?」

「それを分かりやすく説明するためには、まず真空から深く説明する必要がありますが、大丈夫ですか?」

「いいえ結構です」

 即答。難しい話は嫌いだ。

 ……こんな向上心のないような自分が何故ここにいるのだろう。

 客室の使い方を説明してもらったジュは部屋へ入る。

 すると、平均的すぎるほど普通の部屋がそこにはあった。

 ベッドに机、暖色系の壁紙など、義務教育を受けているセゴナの女の子は、大抵こんな部屋をしている。

 ジュの友達もほとんどがこのような感じだ。一歩扉の外へ出れば、威厳と歴史の溢れる廊下に続くというのに、なんたる異空間。

 少し休みたい。早くあのベッドにでも寝転がろう。

 そう考えながらジュは、玄関口で編み上げ靴を脱ぎ、部屋履きに履き換えてベッドにダイブ、しようとしたところを踏みとどまる。

(あー、先に着替えないと駄目でしたね……)

 借り物であり、そうでなくてもニムの服をしわくちゃにするわけにはいかない。

 ジュは自宅から城へ向けて送った行李を開ける。

 ……どうしてか、この行李は既にこの部屋に置かれていた。

 ちょっと前にあのニムからどのような部屋がいいのかを訊かれ、要望を出したからこそこの部屋になったのに、まるで先読みをしていたように、ごく自然体でここにあった。

 行李には着替えの他にも、一晩泊まるためのちょっとした道具や小物が入れてある。ジュは枕が変わると眠れなくなるタイプ。

 私服は城に居ても恥ずかしくないようにを心がけて持ってきたものの、洗練されたこの城においては、やはり土臭さを感じてしまう。

 それでも私服はここにあるものしかないので、ジュは青いツーピースを脱いで私服に着替える。

 腿まで裾がある開襟服に、腰の辺りで止める足首まで丈があるスカート。

 ごく一般的な、セゴナ人の若者な装い。

 そうしてポツンとベッドに座る。

 ……さてと。

 することがない。

 本来なら、先の談話で得た情報を元に誰がどんな地位の人間なのかを推理するべきなのだろう。

 だが生憎ジュは全く話を聴き出せなかった上に、もしも推測が正しければ、そんなことををしていたら、むしろ駄目なわけで。

 もうどうすることもできないのだ。

 詰み。

 そうなってくるとジュの頭には、最大の難関であろう、あの黒髪の女性が浮かんできた。

 今ではあれほどに重圧を喰らったことに実感すら湧かない。

 起きた直後は夢を覚えていても、しばらく経つと夢を見ていたこと、それ自体を忘れるのとよく似ている。

「ふえぇ……」

 泣きたい。

 というか、泣いた。

 一人になって落ち着いたのか、ジュの心は後悔の念で押し潰されそうになる。

「小父さんと小母さんに恩返しできると思ったのにぃ……」

 行李の中にいつの間にか入っていた、小父さんと小母さんとジュの三人が一緒に映っている写真を手に取る。

 夫婦はニッカリ笑顔で、ジュも笑顔で。

 現実とどれほどの揺れ幅が。

 どうして自分はこんなにそそっかしいのだろう。一生に一度すら無いことの方が多い好機を、これで手から離してしまうだなんて。

「イサちゃん……わたし、イサちゃんみたいに強くはなれないよ……わたしがイサちゃんなら、怖がらずに突っ走れるのに……」

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