陵辱エロゲ世界TS転生お嬢様無双

@iberica

世界特効魔法聖女、推参!

 薄暗く、甘ったるい匂いが漂った空間。


 どこまでも果ては見えず、床は粘ついた白濁液をまとっているピンク色の肉が敷き詰められている。


 壁も見えず、闇しか見えない空からは時たま白濁液や、床と同じ色をしたおぞましい肉塊が降るだけ。人の嫌悪感を煽ることに特化したような空間に、不釣り合いな声が響く。


「おーい、出てこいですわー」


 間延びして、やる気がなさそうな声。張りが無いせいで幾分声は低くなっているが、鈴が鳴るような声はその声の主が少女であることを示していた。


「もういいでしょー? けしかける手駒もいなくなったみたいだし往生せい……ですわー」


 呼びかけに応じる声はない。この空間……"影世界"は、"怪魔イービル"と呼ばれる人類の敵が住む異世界である。この空間に人間のオスが侵入すれば充満する瘴気によって破裂して肉塊に、メスが入れば瘴気は脳を犯し、発情しながら呼吸するだけで絶頂し続け廃人となる。影世界に侵入して生きていられるのは、怪魔の侵攻を受けて発見された魔法を扱える少女達、"魔法聖女"達だけなのだ。

 しかし、魔法聖女もあくまで生きていられるだけ。瘴気の毒性を消せるわけではない人間にとって影世界が特級の危険地帯であることに変わりないのだ。


(ビビったぜ……あの魔法聖女、まさか本当に影世界まで侵入してくるとはな)


 現世に現れ、人を影世界に連れて行こうとするのを阻止することが魔法聖女の第一目標であり、怪魔の討伐は二の次とされている。なぜなら、怪魔にどれだけ傷を負わせようと影世界に逃亡されてしまえば手を出せないからである。


 影世界の悪辣さは、脱出が困難ということが大きい。現世から影世界に通じる穴は複数人の魔法聖女が協力すれば作れるが、影世界から現世への穴は作れない。もし影世界に入ってしまったら現世からの救出を待つしかないが、影世界では現世の10倍以上の早さで時間が流れている。


(気が逸ったな? 俺という凶怪魔レッド・イービルに深手を与えて、このまま倒せれば手柄になると……ギギギ、甘すぎる。俺の影世界で流れる時間は53倍。瘴気も雑魚が棲む影世界よりも何倍も濃い。例えすぐに救出が来る手筈だろうと、瘴気を打ち消し続けるのもそう長くは続くまい。このままお前の頭が瘴気漬けになって敵の前で自慰が止められなくなるまで隠れ続けてやるよ……ギギギ)


 侵入してすぐに救出出来れば助かる可能性があるが、生息する怪魔の力量によって時間の早さも瘴気の強度も変動する。もし侵入して生息している怪魔を打倒したとしても影世界の性質は変わらないため、救助が来るまでの間に瘴気を打ち消すだけの魔力が付きてしまえば良くて快楽中毒、悪ければ廃人になるのは一般人と変わらない。


「おいこらー。いつまで隠れとんねん玉無しが。さっさと出てこんかいクソボケーですわ」


(ギギギ、焦ってるな。無駄だよ、周辺に魔法聖女は二人いたがあの人数では穴を作れん。救援が来て穴を作って……それまでの時間を、戦闘をした後の魔法聖女がこの瘴気に耐えられるわけがない。不意打ちで人間性を崩壊させるのは大好きな”改造”だが、油断はしない。相手は俺をここまで追い詰めた魔法聖女だ)


 怪魔は目の前の魔法聖女……脅威から獲物に成り下がったメスを視姦する。粘つい床を踏みしめ歩いているせいで歩く度白濁した粘液が糸引くようになった純白のブーツ。ブーツからタイツに覆われた足、そこからガーターベルトが伸びた先にある聖域は足元までの丈の、ドレスのように大きく膨らんだスカートで一見貞淑に隠されているように見える。しかしスカートの一部、身体の中央に当たる最も隠さなければならない部分はスカートの生地はなくレースの前掛けがかかっているだけ。タイツ、ガーター、そしてその先の純白も隠せていない。とんだ痴女だ、と怪魔は下卑た笑みを浮かべる。

 上半身は下半身に比べて全うなドレスのように見えるが、肩口から二の腕の長手袋までに布はなく、肩は勿論、脇と豊満な乳房も横から覗けてしまうデザインとなっている。


 瘴気に狂いあの乳房が踊る姿は観物だろう、苗床にした暁にはその大きさを有効活用して雌牛として四肢を溶かして四足歩行の家畜として飼ってやろう……そんな思考を抱き、無為にさまよう獲物を嘲笑していると……ぴり、と刺激が走った。


(なんだ?)「そこですわね」


「!?」


 怪魔が刺激が走った場所に目を向け、何もないことを確認して視線を元に戻すと……眼の前に、獲物に成り下がったはずの魔法聖女が現れていた。

 180cmとメスの中では長身の持ち主に迫る、身の丈ほどもある白銀のハルバード。それが地上から50mも離れた天井と、そこに張り付いていた2mはある丸々に膨らんだピンク色のゴキブリへと振り抜かれていた。


「死ねい」


『ギュイィィィイイイ!!』


 本来のゴキブリであれば有り得ない飛び散る血飛沫と耳障りな悲鳴が、この巨大ゴキブリが怪魔であることを雄弁に物語る。切り裂かれた肉塊はボタボタと地上へ滴り、ビクッ、ビクッと蠢く。


(何故、何故バレた……嗚呼、折角コイツが瘴気に侵される様を見れると思ったのに! 嗚呼……最後の瞬間まで己を見失わず、役目を果たそうとする魔法聖女が、快楽に堕ちて無様を晒す姿を見たかっ「まだ生きてるんかい死ねですわオラ」


 ギシギシ、と肉塊が蠢くにしては硬質な音を立ててのたうつ破片を地上に降りた少女が再度細切れにすると、今度こそ肉塊は動かなくなった。


 微塵切りになった動かない肉塊を、用心深く更に刻む少女。固体よりも液体のほうが近くなるまで切り刻むと、ようやくふう、と一息ついた。


「死んだかな。……ふぅ、これで一段落ついた、ですわね。じゃあ、迎えまで時間ありそうだし……ちょっと横になりますか」


 そう独り言をつぶやいたあと、おぞましい肉塊の上に背中から横になる少女。瘴気のことを知っていれば……いや、知らなかったとしても向こう見ず過ぎる行動。自殺か現実逃避か、あろうことか少女はそのまま眠りについてしまった。


 すうすう、と穏やかに寝息を立てる少女。周囲の肉片や肉壁、白濁した粘液の中にあってそのどれにも染まらない輝かしい白銀の姿は絵画のように見える。粘土が高い液体が動くぶちゅる、ずちゅ、という音と寝息だけが響く不思議な光景は、しばらくして覆い隠されてしまう。


 黒い靄。魔法聖女としての能力で弾いていたはずの瘴気が溢れ出てきたのだ。瘴気を弾く魔力が潰えてしまったか、それを意識出来ないほどの深い眠りについてしまったかの二択だが、瘴気に侵された女の末路は一つである。影世界への救助など、快楽中毒による廃人となった少女を回収する以外の意味を持たないのだから。











 影世界でそんなことが起きている時、現世では。


「会長!!!」


 怪魔を追って影世界に侵入した少女を目の当たりにして、魔法聖女はパニックに陥っていた。



 3月の末、ゴキブリ型の凶怪魔「オルター」の出現が伝えられて現場の都市に急行した魔法聖女達。高濃度の瘴気を纏い続ける性質があり、高速で移動されるだけでも瘴気の許容範囲を超えて戦闘不能に成りうる上、足にある繊毛のような触手か牙に貫かれたが最後、魔法聖女の防護を無視して無惨な姿に改造されてしまう恐ろしい怪魔である。

 四肢の欠損、乳房の膨乳化や複乳化、ゴム化などの外面の改造に加え脊髄付近を改造されて随意不随意に関わらず神経信号が伝達される度に絶頂するような改造、内臓の中身全てに快楽神経を繋げて心臓の鼓動で潮を吹くようにする改造など多岐にわたる。

 それらの改造を注入するだけで行える改造毒の凶悪さに加え、自らの影世界に持ち帰り苗床とすることが多い怪魔の中で例外的に被害者を現世に放置する習性を持つ。そうすることで、敵対した末路を明確にイメージさせた、現在人間に最も恐れられている怪魔といえる存在である。


 魔法聖女はその全てが若い女性であり、「怪魔対策学園ブルーローズ」に所属し学業と並行して戦っている。ベテランの魔法聖女といってもその多くは三年も戦っておらず、経験豊富で勝利し続けている魔法聖女というのは数人しかいない。その上恐怖というのは厄介で、「オルター」と対峙して普段通りの動きを出来る魔法聖女は現場にはただ1人しかいなかった。


「孤高」の魔法聖女スノウ・ラヴ。ブルーローズ学園の現生徒会長である彼女の指揮により、オルターとスノウ・ラヴは一対一の形となり、他の魔法聖女たちは避難誘導とオルターの手駒である怪魔の掃討を行うことになった。

 その指揮は的確であり、スノウ・ラブはオルターの凶悪な改造毒を喰らうことなく制圧し、他の怪魔も全て消滅させ……気がつくと、影世界に逃亡したオルターをスノウ・ラヴは追ってしまった。



「撫子! 会長が、会長が影世界に! 早く助けにいかないと!」


「落ち着け阿呆! もう閉じてるしアタシらだけじゃどうしようも無い!」


 パニックになり隣の少女に縋るのは、魔法聖女グリーン・ブレス。翠の髪をポニーテールに纏めたトランジスタグラマーな少女だ。治癒と風の魔法が得意であり、そのためオルターによって改造された少女を何度も治療のため目の当たりにしていたため戦闘に強い恐怖を抱いていたが、凶怪魔の出現の報により駆り出された非戦闘員の魔法聖女である。それを察したのか、護るようにオルターの前に出たスノウ・ラヴを慕っている。


 それに答えるのは撫子と呼ばれていた少女。赤みがかったピンクの髪を2つ結びにして、片目に髪と同じゴーグルをつけているのは魔法聖女マゼンタ・パッション。スノウ・ラヴと同期のベテラン魔法聖女であり、炎を用いた広域攻撃と圧縮した火球による遠距離狙撃を得意とする。スノウ・ラヴに指示されて、グリーン・ブレスをサポートしながら短期間で取り巻きの怪魔を一掃した実力者であり、実力者であるからこそ今自分達が出来ることはないと理解していた。


 影世界への穴を作る魔法は、魔力さえあればどんな魔法聖女であっても可能だ。しかし戦闘を終えた自分達二人では、穴を無理やり開いたとしても凶怪魔が巣窟としている影世界の濃い瘴気を救出する時間弾くことは出来ないと判断していた。


「そんな! 誰かを呼んでたら手遅れになっちゃう、もしかしたら、オルターに、や、やられちゃうかもしれないんだよ!?」


「だからってアタシ達が魔力もないまま突っ込んだらそれこそ苗床を2つプレゼントすることになるだろうが! クソ、スノウの奴何考えてんだ……!」


 スノウ・ラヴが置かれた危機的状況を二人共正確に捉えていた。凶怪魔の影世界は現実世界の一秒だって無駄に出来ない。オルターを討伐出来ていたとしても救出に一分でもかかれば瘴気を防ぎ切るのは難しくなるだろう。加えて影世界は怪魔のホームグラウンドだ。正面から闘うことは考えづらく、瘴気を弾く魔力が尽きるまで隠れられていたらそれこそ新たな廃人が一人出来上がることになるだろう。マゼンタ・パッションはその後のこと、の魔法聖女がやられたという事実がもたらす影響にも考えを巡らして背筋に氷を当てられたように身震いする。


「(あと一人でいい、少しでも魔力がある奴さえいてくれたら……!)」


 救援を待っていては間に合わない。この場で何とか出来なければスノウ・ラヴは詰み。何か使えるもの、と視線を巡らせると……避難が完了したはずの市街地に人影が見えた。


「あ?」


 市街地は怪魔たちの置き土産のような瘴気に包まれている。そんな中に民間人がいるなんて、助けなければ、なぜこんな時に……とマゼンタ・パッションは喚くグリーン・ブレスを置いて人影に近寄ると、予想外の光景に気の抜けた声を漏らした。


 戦闘の余波か、気を失っているのは黒髪の男だった。


 男は瘴気の中では生きられない。怪魔が厄介である理由の大きなものであり、原理不明の毒ガスである瘴気は女性を快楽漬けにする麻薬のようなものであるが、男性が接種すると内側から裂けるようにして破裂させる。加えて魔法聖女になれるもの……魔力を持つものも女性だけであり、男が生存するすべはない。それが大原則であり、彼女が見たのはそんな有り得ない光景だった。


 一拍。マゼンタ・パッションは思考が飛ぶが……すぐに男に近寄り手をかざす。そして、観測した事実にニィと口元に孤を描く。


「ブレス!!」


「はっ、ハイ!」


「喜べ。どうやらスノウの奴は悪運には恵まれてるみたいだ」


 追いかけてきたグリーン・ブレスに、少女は頬に一筋汗を垂らしながら、魔力を持つ男という特大のイレギュラーを担いで言った。





「アタシも混乱してるが、大事なのは──」


「魔力を持ってるんだねその人が! 分かった! 開こう!」


「──応! 時間が惜しい、やろう!」


 グリーン・ブレスはその存在の重大さに気づけていない。彼女にとって最も大事なのは、魔力を持つ人間が一人この場に増えたということだった。言うが早いが魔力を込め始める彼女に続いて、その行動の早さに驚きながらもマゼンタ・パッションも魔力を込め始めた。

 そして担いだ存在の分の魔力も操作し始め……その多さに再度驚く。これは大事になるな、と理解しながらも手は止めずに、スノウ・ラヴが姿を消してから1分37秒、影世界への穴は開かれる。


「……ッ!」


「きゃあっ!」


 穴が開いた瞬間、向こう側から大量の甘ったるい瘴気が吹き込み二人のバランスを崩す。とっさに瘴気の打ち消しを強化するが、間に合わなかった部分が身体に入り込みじくじくと下腹部が熱を持ってしまう。


「(糞……マズイな、こんなに濃いのかよ。これじゃスノウも……)」


「会長! 助けに来ました! 会長!?」


「ばっ、オイブレス!」


 瘴気の打ち消すために魔力を使い、その消費量に驚くマゼンタ・パッション。そしてその消費量を救出までにかかってしまった今までの時間を考えて嫌な想像がちらつく彼女が、内部に行くのを躊躇う間にグリーン・ブレスは突入してしまう。

 どちらにせよ穴を維持するのに一人は現世にいなくてはならないため、突入出来るのはどちらか片方だというのは決まっていた。しかし、けして戦闘が得意ではないグリーン・ブレスに突入させてしまったことに彼女は歯噛みする。


「大丈夫! 二人で帰ってくるから!」


「……さっさとしろよ! アタシに苗床やらミルクサーバーやら回収させるんじゃねーぞ!」


 脳内にちらついた想像を伝えずに、グリーン・ブレスを見送るマゼンタ・パッション。視界に広がる瘴気による漆黒を見つめながら、軽口のように伝えた見送りの言葉を、どうか、どうかと繰り返す。


(どうか。どうか二人が無事に帰ってきますように。どうか。私にあなた達をさせないで)


 強気な言葉の影に隠した弱く、柔らかな本心を内側で吐露し、立ち尽くすしかないのだった。






「会長! スノウ会長! ……百合様!」


 影世界の中を一人進むグリーン・ブレス。自らの周囲以外は瘴気の漆黒に染まった不明瞭な視界の中、ぶにぶにとした不愉快な感触を伝える歩きづらい肉床を進みながら声を張り上げる。

 グリーン・ブレスはブルーローズの保健委員長であり、実質的な医療のトップである。治癒魔法を得意とする魔法聖女は数いれど、廃人化や怪魔による改造から元に戻す治癒魔法を使えるのは彼女しかおらず、その能力の希少性から前線に出ることをほとんど免除されている。

 生来気弱で、魔力さえ見つからなかったら魔法聖女にならなかったであろう彼女にとってその処置は救いであった。けれど、昨日まで笑顔で話し合った友人の変わり果てた姿を見続ける日常は心を苛む。

 感覚が全て快楽にしか繋がらず、声も行動も支離滅裂な廃人になってしまった先輩。度重なる出産と妊娠で腹の皮が伸び切り、自立歩行が出来ず手足が退化してしまった後輩。……怪魔に忠誠を捧げる映像が記録された水晶体だけ帰ってきた幼なじみ。

 恐ろしかった。闘う魔法聖女は、いつこんな姿になってもおかしくない。自分もそう、戦いを免除されていても、学園に結界が貼られていても、怪魔の能力は未だ不明である。恐れる「もしもの話」は嫌に現実味があり、外に出ないようになった。


 けれど。いつ黒い影に飲み込まれてもおかしくないグリーン・ブレスの世界には、一つだけ寄す処となる白い太陽がある。

 魔法聖女スノウ・ラヴ。本名を白銀百合という彼女は、最強の魔法聖女であり、孤高の存在であり、魔法聖女達の希望であった。

 負けない。触手型の巨大怪魔、実物大の蚊サイズの群体怪魔、淫紋や催眠を駆使する人型の怪魔。下劣な手段で女性の尊厳を破壊しようとする怪魔達を単独で殲滅して帰ってくる。


 だから、きっと今回も大丈夫。彼女はいつだって負けなかったのだから。魔法聖女が瘴気の中にいれば瘴気を弾いている光景があるはず、どこかに──と、声を張り上げながら周囲を見回すグリーン・ブレスは、足元の障害物に気づかなかった。


 その障害物に足を取られ、うぐっ、と声を上げて弾力のある床の上に広がったビチャビチャとした液体に倒れ込むグリーン・ブレス。その鳥肌が立つ感触に怪魔が潜んでいる可能性を思い出し、残り少ない魔力で周囲の瘴気を散らしながら視界を確保する。



「…………え?」



 そして、確保したはずの自身の目を疑った。


 魔法聖女スノウ・ラヴは見つかった。周囲にはピンク色の触覚や節足が散らばる肉塊。対峙していたオルターだ。凶怪魔を打倒、素晴らしい成果だ。


 見覚えのある体格。見覚えのある格好。自分の記憶と齟齬なく、怪我も汚れも見当たらない。よかった。


「あ」


 けど、彼女は横たわっていて。意識がなくて、瘴気は自分が散らしていて、


「あ、い、嫌です会長」


 駆け寄って膝を付き、意識が無いスノウ・ラヴをゆすりながら声をかける。


 グリーン・ブレスは廃人化した人を治療出来る。けれど、元通りに出来るわけではない。

 一度した経験は忘れられず、変貌した身体の後遺症は残してしまう。自立して日常生活を送れるまで回復出来るのは、最後まで意志を失わずに抵抗出来た人だけだ。


「会長!! おきて、起きてください! 受け入れちゃ駄目です!」


 侵されれば侵されるだけ快楽を覚え、発情し、身体の疼きが止まらなくなる瘴気の中にいて、意識を失うのは失神したときだけである。そして意識を失い、瘴気への抵抗を完全に放棄した時の汚染は後戻り出来ないものとなる。


 グリーン・ブレスは自分の心理をここでようやく理解した。なぜ自分のような意気地なしが影世界にマゼンタ・パッションを置いて突入出来たのか。

 それは、心のどこかでスノウ・ラヴなら大丈夫だと思っていたのだ。きっと凶怪魔だって倒していてくれているはず。きっと凶怪魔の影世界の中でも耐え抜いて、凛として無事に待ってくれているはずだと。


 そんな保証などどこにも無いのに。そんな人間がいるわけがないのに。


 グリーン・ブレスは、過信してしまった。何の根拠もないのに、ただただスノウ・ラヴを信じてしまった。



「おねがいです、目を開けて……おねがい……!」


 雫をこぼしながら口から漏れるのは叶うはずの無い願い。瘴気の侵食により失神した意識が、声掛け程度で覚醒することはない。このまま意識を失ったスノウ・ラヴを"回収"するしかない。



 そのはずだった。しかし、横たわる少女の目が薄く開かれ、グリーン・ブレスと目が合う。



「え?」


「……?」



 スノウ・ラヴはぼや、とした顔をこてんと傾け、ぐしゃぐしゃの顔をしたグリーン・ブレスを見ながら一拍。カッと瞠目すると、漂う瘴気が一掃される程の魔力が放出されて視界が一気に開かれる。


「わ……! え?」


「あら失礼。少々意識を失っていたようですわ」


 気が付くとスノウ・ラヴは立ち上がっており、180cmの長身が毅然として見下ろしていた。潤んだ視界のままぽかんとその姿を見上げていると、はあ、と呆れたようなため息をつかれ、今度は彼女が膝をついてこちらに手を向ける。


「呆ける暇がありますか。あなたそんな残り滓のような魔力でこの場所にいたらどうなるか分かってるでしょう?」


「うわわ……あぷ」


 面倒そうな口振りでも、鈴のように澄んではっきりとした声は耳に心地よい。純白の手袋が汚れることもいとわずにグリーン・ブレスの顔についた涙とピンク色の液体を拭われて、されるがままになっていると鼻をチンとされて手が離れる。瘴気と涙が取り払われ、鮮明な視界で全身の姿を目に焼き付ける。瘴気にも汚濁液にもまみれない姿。何故かばつの悪そうな表情をしているが、その変わらぬ姿を見てまたじわりと目が潤む。


「かいちょ~~よかったでず~~やわっこいでず~~」


「うわあ抱きつくんじゃな、ありませんの! ……心配をかけたようね、ほらもう行きますわよ! そんなにひっつかないで、ああもう自分で立ちなさい!」


「うえええ」


 自分を引きずりながら歩くスノウ・ラブの足取りに陰りはなく、予想していた最悪の自体になっていないことを確信できた。すべすべとしたドレスの感触の下に隠されたむちっとした柔肉はひんやりとしていて、瘴気の影響か火照った身体に気持ちいい、もっと抱きついていたい……というグリーン・ブレスの思考は引き剥がされたことにより中断される。

 仕方なく自分の足で歩き、スノウ・ラブの後ろをついていくグリーン・ブレス。グリーン・ブレスはその豊満な乳房に見合わぬ142cmの低身長から見上げ、いつもと変わらぬ後ろ姿を眺めて……ふと、疑問を覚える。


「会長?」


「ぁふ……何かしら、グリーン」


「あの、どうして瘴気を払わずにいたんですか? ……いや、瘴気を払わずに、なんで大丈夫だったんですか?」


 ああ、とスノウ・ラヴは調子を変えずに返した。


「別の魔法を使っていただけですわ」


 別の? と声を返しても、スノウ・ラヴはええ、と言ったまま振り返らずに歩いた。その背中から、これ以上話すつもりはない、という拒絶の意思を受け取ったグリーン・ブレスは、言葉を続けることが出来ずに彼女の背を追うしかなかった。


 スノウ・ラヴは「孤高」の魔法聖女である。生徒会長である彼女は、他の魔法聖女との交流を拒むことは無い。けれど、その心の奥に踏み入ることは許していない。単独で任務に行き、単独で帰還する彼女に真に仲間と言える存在はいないのかもしれないと、魔法聖女達は噂していた。


 その理由の最たるものが、固有魔法の隠匿である。


 魔法聖女となるものは、己の"願い"をもとに変身する。その願いは本人が使用する魔法に大きく影響され、得意とする魔法を固有魔法と呼ばれている。グリーン・ブレスであれば再生を含む治癒魔法、マゼンタ・パッションであれば狙撃を可能にする炎魔法とその圧縮操作と、魔法聖女の働きに大きく関わる重要な情報だ。

 しかし、スノウ・ラヴの固有魔法は誰も知らない。彼女の戦い方は魔力で形どった武具や糸などの道具を用いた近接戦闘であり、それはどの魔法聖女でも可能な基本の戦法である。普通ならば、その戦法で怪魔に対応出来ないために固有魔法を扱い、強化する。近接戦闘だけで対応出来てしまう魔法聖女は特異的であり前例がない。しかし固有魔法を使わずとも圧倒的な戦果を上げるスノウ・ラヴに固有魔法の公開を命じることも出来ず、本人の意思通りになっていた。


 何故隠すのか。その理由も誰も知らず、ただそこに最強の魔法聖女は在る。人類の希望であり、魔法聖女の願いであり、皆から慕われる生徒会長であるのに、彼女の胸の内は明かされない。その在り方に、グリーン・ブレスは、ちくりと胸を刺されるような痛みを覚える。頼ることしか出来ない弱い私達に、優しく接してくれる彼女は何を思っているのか。知りたいと思うのに、踏み込めない弱い自分がまた、苦しい。


(会長が、どうか。少しでも気の休まる日がありますように)



 グリーン・ブレスは願う。人類の希望という重荷を背負いながら、私達を護ってくれる心優しい少女が幸せであるように。ともに闘うことが出来ないなら、少しでもその心を癒せるようにと。










(やべー疲れてたのかな寝過ぎたわ。しかも瘴気弾くの忘れるぐらい熟睡するとかちょっと気抜けすぎですわーい。怪しまれてないかなあ、めっちゃ心配かけちゃったな申し訳ないですわ。ごめん、こういう世界だと絶対用務員とか教頭とか理事長当たりにスケベハゲオヤジいるから明かしづらいのよ。まあ今のところ私の貫通されたことないから大丈夫だとは思うけど、慢心はあからさまに死亡フラグだから油断しないようにしないと、ですわねえ)






 後ろの少女がそんなことを考えてるとはつゆ知らず。呑気に歩く白銀百合の固有魔法は、弱体無効バッドステータスにならないである。異世界の人間の魂を持つ彼女は、自分の固有魔法を対策メタ過ぎじゃね、と思いつつ、名家に産まれてしまったのでお嬢様として生活しながら知り合いを護るために闘っている。ちょっと危機感が足りない、普通の人類最強魔法聖女である。











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