4.41

 まず現れたのは大木だった。定食屋で見たよりもやつれて、見窄らしく。僅かな間に何があったか想像すると、ほんの微かに快かった。そわそわと周囲を気にしては腕時計を見る仕草などが珍妙で、昔動物園にいた鼠を彷彿とさせる動きだった。


 大木の挙動が止まったのは程なくの事。彼の視線を追うと、同僚がのたりと歩いて来るのが見える。同僚の方も同僚の方で大木を意識しているのか、どこか片意地を張っているような雰囲気があった。性格上大木を目に入れるのも嫌だろうが、わざわざ避けたりするのも彼の性質には合わない。誰よりも自分の方が格上だと認識しているため、大木如きから逃げたと思われる行為は取れないのだ。私からしてみたら同列に位置するのに。


 同僚が止まったのは大木のすぐ隣だった。それが当て付けであるのは分かり切っていた。二人とも背丈が近く、どんぐりの背比べという諺がしっくりとくる。無言で立ち並ぶ彼らは風刺画と似ていてユニークだったし、一考し思案するに値するビジョンを象っていた。彼らの関係性と状況を知る私だからこそそんな過大な評価を下したのかもしれないが、まったくの他人の目からしても両者の間にある形容し難い不和の波長を伺えるだろう。穴の空いた花弁を見つけた時の、口にできない不安と悍ましさが、大木と同僚の辺りに満ちていたのだ。茶番としてはよくできている。




「用がないなら帰りなよ。君に限って待ち合わせってわけでもないだろう」




 同僚がわざとらしく悪態をつく。自分から隣に立ったくせに、大木が側にいる事が許せないのた。自己本意を体現した我田引水な物言いはある意味象徴だった。彼の根本には、他者の支配と排斥があるだけなのだ。


 面白いのは、これに対し大木が何も言わなかった事である。無言が続くと、同僚は目を釣り上げてまた大木に暴言を吐いた。




「無視かい。学のない人間は皮肉も分からないのかな。僕はね。どうせ誰も来ないのだから早めに帰って寝ろと君に言ったんだ。誰とどんな約束をしたのか知らんが、揶揄われただけさ。このままじゃ君、ずっと一人で夜風に凍える事になるぜ」



 同僚の批判は夕暮れの影に呑まれた。大木はやはり口を開かない。不穏な風は更に強まり、一触即発の兆しが生まれる。血管が浮かぶ同僚の拳は、既に標的を定めているようだった。

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