4.40
期待を抱き私は喫茶店に入った。
胸に企みがあると時間の経過がやけにゆっくりで、珈琲を一杯飲むのに十分もかからず、妙にそわそわとしていた。慣れない事をすると居心地が悪く落ち着かないもので、少しずつ後悔さえ生まれてきたのだがその頃にはもう取り返しがつかない時間になっていた。日が沈み始める頃、ぼちぼちと終業を知らせる鐘が近付き事務所の人間は退勤後について思いを馳せているだろう。大木も同僚も、今晩の酒について想像し、私に何を話してやろうかと思案を重ねている違いない。愉快な事だ。いや、決して愉快ではない。奴ら二人は私の敵である。例え無様を晒そうとも心擽られる事なく、もっと、もっとと際限のない趣虐が発露し、永劫の苦しみを求めるのだ。許しはしない。
針が少し進んだのを確認して店を発つ。真っ直ぐに帰ればかからなかった珈琲代だが惜しくはなかった。進む先は自宅ではなく事務所の方向。昼に来た道を戻り、同僚が待ち合わせに指定した場所から少し離れた所で止まる。死角があり、こちらから一方的に眺められる位置関係は破廉恥に感じさせたが、あの二人に対してならば何をしてもよかった。私は彼らの前であれば極悪非道な恥知らずで血も涙もない悪漢と成り果てても罪科は一つも重ならないと信じ切っていた。復讐でもなく暴虐でもなく、摂理としてあらゆる行為が容認され、推奨される。私の中の法ではその様に記してある。故に、私が引き起こした事象は合法であり、どのような顛末を辿ろうとも罰は下らない。それは例え神であっても覆せない絶対的な理で、罪悪感などなしに不具の見せ物を観覧する権利であった。覗き小屋で始まる低俗な余興を、私は今か今かと待ち望み、隠れる。
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