4.39

 酒の席は上等でなければならないが昼間腹に入るものは餌でもいいというのが彼の言い分だった。卓にはなんだか分からない焼き魚と煮物が並んでいて、腐ってないだけ儲け物という具合である。



「てっきり無視を決め込んでいるかと思ったよ」



 出し抜けにそんな嫌味を言われるも気にはならなかった。それは彼への親しみとかではなく、直前に度数の高い嫌悪を飲み干したからである。だがそれも僅かな合間だった。




「用事はなんだい。今更絶縁の報告でもしにきたのかな。心配しなくとも、僕はもう君には話しかけないよ。せっかく沢山友達ができたんだから、そちらを大切にすべきだぜ」




 卑屈な物言いに先までの無心が崩れ苛立ちを感じ始めた。奴の捻くれた自尊心が無礼に思えたのだ。前提として関わる気もなかった相手から、離別しても許そうなどと言われても私としては閉口もの。愚の骨頂ともいえる思い違いであり抗議の弁をもって応対したとしても非難はされないだろう。如何に小心の私といえどこればかりは声を大にして訂正を求めたかったが、やめておいた。大木ごときなら語気を強くするのもやぶさかではないものの、彼には一つお願い事をしたかったため、無理やり留意を下げたのだ。そのため、私はその後さんざん続く大木他虐詩、自虐詩を聞かなければならなかった。餌を食いながらよく鳴けるものだと感心したがそれは賛辞と程遠いため口にはせず、彼があらかた言い終わった後、「今夜どうだい」と誘いをかける。その時の大木の様子といったらなかった。



「どういうつもりだい。なにか悪巧みがあるんじゃないだろうね」



 大木は卑屈であるから疑うだろう事は承知していた。同時に、奴が抱える潜在的な孤独への悲観も私は見通していた。私以外に縋る者がいない大木にとって、私からの招待を断れる筈がないのだ。



「何時からだい」



 案の定、大木は応じる。

 私は定時後と告げ、同僚から一方的に指定された待ち合わせ場所を伝えると、大木の卓に並んでいた残飯の代金を払ってやって、また安い引き戸を開け、晴れやかな大空の下を歩いたのだった。

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