4.38
薄く燃え光る火種。弱々しい灯は儚く乏しい。死にかけの犬が最後の一吠えをするみたいで、消え入りそうで、それがなんだか今の自分と重なってしまって、また、消沈し続ける大木の姿もちらちらとちらついて、まるで私と大木が一心同体となってしまったかなような気になって堪らず、叫びたい衝動を抑えるため、右手で左手の甲に爪を食い込ませた。ぢくと痛みが走り、爪の間に皮膚と肉の破片が入り込んで血が染みた。浅く、本当に浅く引かれた傷跡から流れ出る自身の血液をふと見ると、腹底の蟠りが少しだけ静かになった。頭にいっていたものが下ったのか。そんなわけはないが、そんな気になった。
感情を制した私は煙草を捨てて足速に自席へ戻り静かに座ると、一筆したためる。
体調不良著しく到底業務遂行に耐えられないため早退いたします。なお、体面もございますのでこの事についてはどうか内密とし、もし誰かに聞かれた際は外出後直帰するという事にしていただきたく存じます。勝手で女々しいお願いではございますが、何卒、ご理解ください。
最後に署名を記すと丁度昼食休憩の鐘が鳴らされたので、私は皆が執務室から出ていくのを見計らい書きたての早退届をそっと上司の机に置いた。果たして記載の通りに黙っておいてくれるか一抹の不安は残ったが、彼は人のいい中年であるため余程反故にはしないだろうという思惑はあった。例え一方的な懇願だったとしてもである。
次に私は同僚と鉢合わせぬよう慎重に路地裏場末の定食屋に向かった。そこは無闇に安いものの酷い味で、博徒か借金持ちか余程の悪食くらいしか利用しない店だった(逆にいえばそういう人種に需要があるため暖簾を出し続けているわけだが)。粗末な戸を引くと貧しい音が響き客の目がこちらに向く。視線の主達は漏れなく貧相な形だったのだが、その中に目当ての男がいた。大木だ。私は、彼を探していたのだ。
「おつかれ様」と声を掛け、私は大木の対面に座る。大木は狐につままれたような、鳩が豆鉄砲を食ったよう、そんな顔をしていた。
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