4.36
休暇が明けて出勤すると、いやに馴れ馴れしく話しかけられる事が続いた。会計の誰々さんだのどこどこ部署の誰々さんだの、これまで顔の形も朧げだった人間からしきりに雑談をもちかけられたのだ。
私はよく知らない人と取り止めなくお喋りするのが苦手であるから、だいたい「はい」か「いいえか」か「そうですね」くらいの返答しかせず、相手側が失望してしまったのではないかと気を揉んでいた。疑問と苦心が同居している中で仕事机に向かっていると、大木が時折こちらに視線を流していて気味が悪かった。あれもこれも不愉快であり、体調不良を理由に早退も視野に入れて離席をする。現に気分優れず勤労に勤しめる状態でもなかった。帰宅も止むを得ぬだろう。
一人、頭を整理するために意味もなく廊下を往来する無益な時間が過ぎる。帰宅するならするで早々に決断してしまった方がいいのにそれができないのは、誰かから「お大事に」と案じられるのが嫌だからである。相手側は深い意味なく社交辞令でそう述べるのは理解しているが、なんとなくばつが悪い。だからなるべく平時と変わらない時間をまっとうしたいのに、さまざまな要因が私の日常を阻害していくのだ。なんと不幸だろう。誰のせいかといえば同僚である。奴があの夜私に声をかけなければ、私はいつも通り、無害な他人として人々の中にいられたのに。
その不幸を押し付けてきた男が現れたのは、廊下を三往復したあたりだった。
「やあ。仕事は順調かい」
彼はわざとらしく気取った声で右往左往する私を引き止めた。顰まろうとする眉を苦労して抑え、平時の様子で、「先日はどうも」礼を述べる。
「こちらこそ夜更けまで付き合わせてしまって申し訳ない。二日酔いなどにはならなかっただろうね」
彼はすっかり私が自身の軍門にくだったと思ったのか横柄な態度だった。恐らく、この姿こそ彼元来の人格なのだろう。礼節を母体に置いてきたのか、謙虚や遠慮といった要素が見当たらなかった。構造的に彼は傲慢なのだ。
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