4.35

 私がどうして過度に争いを避けるのか貴方は気になるかもしれない。「どうでもいいよ」と吐き捨てるのであればそれも結構。むしろ、別段理由があるわけでもないので、追求されない方がいいかもしれない。かねてよりお伝えしている通り、単純に小心なだけだ。事を荒立てたり他人と確執を起こすとどんよりとした気持ちになる。それが堪らなく不愉快なのである。

 もし殺人が許されていたならこんな風にはならなかっただろう。恥をかかせた人間や、相容れない人間を皆殺しにしてしまえばいいのだから気楽ではないか。怒りや憎しみの対象が消えてしまえば人煩いもなにもなく平穏無事に過ごせるというもの。そうでないから私はなるべく喧嘩などをしないよう注意深く生きているのだ。逆にいえば、人殺しが許されていないから私は他人に苛まれている。

 同僚に対しても同じだった。もはや彼については嫌悪しか無かったが、それでも不仲となって無用の心労を抱えたくはなかった。故に私は奴の腐臭に付き合い親友面を作らねばならなかった。不幸である。




「ともかく来週は空けておいてくれたまえよ。そしてまた、こうして酒を酌み交わそうじゃないか」




 腐臭を撒き散らす同僚に声なく相槌を返す。はっきり「嫌だ」と拒絶したかったが、私には無理なのだ。「約束だよ」と肩を叩き、二人分の金を置いて帰っていく同僚を後目に私は杯に残った酒を飲み込み肩を落とすと、店主に別の酒を作らせた。吐く息が奴と同じになるような気がしたからだ。ついでに「彼はよく来ますか」と聞くと、「ご贔屓にしていただいています」と感慨もなさそうに答えた。この店主も私と同じで、奴に対して鼻持ちならないと感じているのではないか。そんな想像をすると少しばかり楽しくなって、二杯、三杯と酒を頼んで飲み下し、店を出て私は帰路についたのだった。

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