4.30
動揺を隠せず、上擦った声で「はい」と返した。馬鹿な話だが、同僚が私の心の中を読み取って制裁を加えるために呼び止めたのではないかと恐怖したからである。
「少し飲み直さないかい。あまり話もできなかったものだからさ」
馬鹿な空想は空回りして一時の安寧をもたらす。殴打される目に遭ず、助かったと胸を撫で下ろしたのだ。
「どうだい。それとも、懲りてしまったかな」
彼の気遣ったかのようなお言葉に率直な返答ができれば、具体的に述べれば「その通りだよ」と言えれば良いのだが、慣習としても私の惰弱な精神を鑑みてもそうはいかない。誘われれば付き合わねばならないし、断る勇気もないのだから、「いえいえ是非とも」と、彼と酒杯を鳴らさなくてはいけなかった。不満を抱えながら、足音を重ねていく。かつん、かつんと響く靴の底に、同僚への抗議を込めて歩いた。
連れてこられたのは小洒落た酒場だった。
薄暗い店内の中で大量の酒瓶が飾られており、星座を知らないまま星を見上げているような未知の圧力を感じた。
「ボトル頼むよ」
「かしこまりました」
同僚は席に座るや否や、カウンターに立つ店主にそう言って取り置いている酒を用意させた。相当な酒のようで、瓶は重厚。ぶら下がっている、Reserveと刻印された名札には彼の名が入っていて、こちらを威圧しているように思えた。
「お連れの方は、どうお作りいたしますか」
そう聞かれて私は「ソーダを入れてください」とお願いした。店主は小さく頷き、同僚は気取ったように見ていた。酒が出されると形ばかりの乾杯をする。私のグラスからはソーダの泡が微動し、オンザロックで頼んだ彼のグラスは中で氷が回っていた。いずれも暗い店内で光る僅かな灯りを反射していて、薄汚れて見えた。
「どうかな、調子は」
答え難い問い掛けに「良好です」と返す。学生時分、教員と似たような問答をした覚えがある。私はその教員が好きではなかったから、「良好です」と言った後、「お前に会わなければない」と心の中で付け足していて、この同僚にも同じ事をしていた。
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