4.29
「楽しい時間でした」
胸に仕舞い込んだ毒と真逆の感想を偽り歯を見せてみた。同僚は「ならば良いのだけれど」と遠慮がちに返す。
なにも良い事などない。自らを鑑みて猛省し、腹を切って詫びるべきだ。味合わせれた辛酸をちっとも理解しないで、「申し訳ない」の一言で免状されるつもりでいる精神性にお見それした。呆れ果てると同時に強く呪い、未だに遺恨として私の中に残っている。奴の無礼は私が死ぬまで消える事はないだろう。
貴方には何故私がここまであの同僚に対して怨恨を重ねているのか語らねばなるまい。そうでなければ、突如始まった恨み節を受け止められないだろうからね。
それは酒席が終わった後の話だった。
「それでは皆様、そろそろお開きの時間でございます。しっかりと両の足で帰られるよう。途中、粗相などはご法度でございますから、くれぐれもご注意を」
声高に解散の号が敷かれ一同で外へ出た。店の暖簾を潜る際に店主や他の客がこちらを見て耳打ちをし合っているように感じたが、実際のところ真実は不明であるし、私以外は誰も気にしていないようだったから、過剰な自意識が働いた結果なのかもしれない。
「それじゃあ」
野晒しになると、先までの団結が嘘のように方々へ散っていった。帰路が同じ者は必然小さな塊となって進んでいくのだが、同じ方向へ歩みを進めるにも関わらず一人後追いする者もいたりと、人間関係の希薄さが見てとれた。
私といえば最後まで店の前に残り、夜の静けさに隠れながら先刻まで居座っていた店の乱痴気に耳を立てる。私達の悪口が言われてやしないかと気になって仕方がなく、きっと我々が去った後で「いやぁあの演説には参りましたね」などと品評会に興じ、酔いを深めていくつもりだろうと決めつけていた。そうしてその話に共感を抱き、内々に「私は違う」と言い聞かせたかった。陰気である自覚はあるも、酒のせいだという正当化により、行いは容認された。
しかし、残念ながら耳に入る声はいずれも馬鹿笑いか女に関する話だった。期待外れに肩を含めて踵を返し、一人夜に溶けようとした瞬間、私に向かってはっきりと「待ちたまえよ」と引き留める言葉が投げられた。声の主は同僚だった。
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