4.31
「そうですか。君は真面目だから、疲れていやしないかと心配だったのだけれど」
同僚はグラスを傾けてこちらを見据えた。まるで自分の方が上であるといわんばかりの気位を見せつけ、私を圧している。お前は俺の話に耳を傾けるべきだと、声なく強制をしているのだ。
「君ね、大木との付き合いは止めるべきだよ。程度が落ちる」
大仰な物言いだった。大名が御触れを出す時の姿は知らないが、大概こんなものだろうと思った。彼は上段から家臣へ伝えるのと同じく、私に命を下したのだ。
「人間の社会にも上流、下流がある。大木なんてのは下水だよ。最下層の汚物溜まりで暮らす害虫さ。そんなものと一緒にいちゃあね。悪臭が移ってしまって大変だ。即刻手を切るべきだね」
からんと、彼は酒を飲み干す。先程までは見せなかった獣面が覗き、極めて攻撃的な牙を私の前にちらつかせた。
怒りさえ感じる静かながらも強い語気に並々ならぬ忿懣が語られていた。他の人間には決して見せないだろ彼の野蛮は、大木と同時に私にも激情を向けていて、ともすればその場で噛み砕かれやしないかと怖気が走った。彼に呼び止められた際に生じた恐怖は、彼の中にある動物的情動を察知したためかもしれない。いや、これも馬鹿げた話だ。そんなわけはない。あの時は単に私が小心を拗らせただけ。無理にこじつける事などない。
「はっきり申し上げてね。気に入らないんだ。大木が人並みに話しをしたり笑ったり、悲嘆したような素振りを見せるのがね。君、気付いているかい。あいつ、君と付き合うようになって、生意気に人間の顔をしやがるんだ。それまで得体の知れない虫みたいににやにやとしていたってのに、ここにきて! 今更なんだってんだ!」
同僚はグラスに酒を満たした瞬間空にしていた。丸い氷が軋み、割れる。歪な形になった氷は、再び注がれた酒の中で不規則に揺蕩い、小さくなっていった。
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