4.27
私は確か、「楽しいです」と簡素な返答をしたと思う。本音を伝えられない苦々しさと、日和見しかできない臆病さに慚愧の念が絶え間なく腑を刺した。外聞なく本性を吐き出してしまえば楽なのにそれができない。私にとっては他者と争う事が何よりの苦痛で忌避すべきものであるからして、無用に角を立てるなどできるはずがなかった。不愉快極まりない催しであっても、気分が悪くなるだけの酒席であっても、私は肯定の意を返すしか手段を持たず、内心で舌を出し罵倒を繰り広げるしかないのだ。しかしそれを咎められる謂れはない。何故なら人類の大半。控え目に見積もっても半数は腹の内に他罰、侮蔑、非難、差別、軽視、悪意を隠匿しているからである。
貴方はどうだろう。
すまない。きっと貴方も同じだ。私や他多数と同じく、声に出せぬ思念を内心に抱えているのに、さも知らない風を装い問うてしまった。
そうだとも。全てを曝け出せる人間などいやしないのだ。よしんばいたとしてもそいつは狂人の類で、人間と形容するにあたって差し支えある異物である。貴方がれっきとした人間である事は聞くまでもない。どうしてこんな馬鹿な話をしたのか。実のところ不安はある。これだけ大言を吐いておいて私は、人類の心が清く美しく、裏表ない純白なのではないかと疑心に駆られてしまって、結果として貴方を試すような真似をしてしまった。詫びようのない不得であるが、仏の顔で水に流してほしい。ばつが悪い。話を戻そう。
「楽しかった。結構な事だ。君を招いた甲斐があるというもの。もはやお互い友だ。共に手を取り合う盟友だ。今度ともよろしく、よろしく頼むよ。ほら、酒だ。飲みたまえ」
男から枡を渡され、そこになみなみと酒を注がれた。周りを見てもにこにことしているだけで誰も何も言わない。彼らは私が見事この枡酒を飲み干すか、堪りかねて吐き出すかする場面を見たいのだった。彼らもまた、退屈を紛らわせたくて仕方のない人種なのであった。
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