4.26

 酒を飲んだところで楽しくもなく、無沙汰の慰みに杯を空けては注ぐばかりだった。



「諸君。楽しい時間は短いものだ。今宵もいつの間にか夜深くなってしまった。だが、これからこそが我らの本領といってもよいだろう」



 有象無象の一人がそう言うと、「また始まったよ」と野次が飛ぶ。見渡すと一同苦笑いを作り各々思い思いに白けきっている。彼はいつも同じ口上を述べ、皆に飽き飽きされていたのだろう。



「諸君。酒を飲むのはいいが心底酔っ払ってはいないだろうね。酒で不覚となるなど下等もいいところ。我々は日々働く労働の虫。働くために酒を飲み、不愉快を流さなくてはならないのである。それを忘れて酩酊するなどあってはならぬ。各々、胸に手を置き自身の声に耳を傾けたまえ。平素と同じ心音でない者は直ちに申し出よ。私が直ちに入魂し素面に戻してくれる」


「上官殿。某、とんと駄目のようです。先程から胸の高鳴りが止まらず、どうにもなりません」


「三曹、また貴様か。そこへ直れ。入魂してやる」


「あぁ、堪忍、堪忍してください」


「いいや堪忍ならん。さぁ早く来い。そら」


「堪忍、堪忍」



 同僚の一人が掴まれ連れて行かれると強引に脱がされ、見るに堪えない行為が繰り広げられた。「堪忍、堪忍」と響き、周りはくすくすと笑いあう。私もそれに合わせて精一杯顔を作ったのだが愉快さなどあるはずもなく、頬の引き攣りを止められずにいた。人間としての感性がかけ離れており、無理やり翻訳された異文化の祭りを見物している気分だった。言葉を濁さず申せば馬鹿げた茶番。一刻も早くこの場を去り、粟立った肌を納めたいと思った。



「新入り。君はどうだね。酔ってはいないね」




 舞台は次のシーンに入ったようだった。


 新入りというのが私を指している事、その意味は理解できたが、呼ばれた後の予定を知らされていない。土着の劇に前知識なしで参加しろというのは些か無茶な話である。



「ごめんなさいね。付き合ってあげてよ」



 同僚の一人に背中を押されて私は騒ぐ男の前に立たされた。間近で彼を見た時の感想は嫌悪以外にない。

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