4.19

 また、大木との親睦を深めるにつれて彼が持つデリケートな、親にさえ見せた事がないだろう心の内を聞かされるようになり、それも鬱陶とした気にさせるのだった。



「僕はね、本当はろくでもない人間なんだよ。駄目な人間って分かってるから、開き直っているのさ。そうじゃなけりゃとっくに入水しているよ。恥の多い生涯を送ってきました。生まれてきてすみません。てなもんだ。生き恥を晒す他ないんだ」



 大木は酒にも言葉にも自分の弱さにも酔っていた。酔うのは大いに結構だが、言われる身にもなってほしい。不倶戴天ともいえる相手から、「僕は駄目だ」と弱音を曝け出される苦痛を、そんな無礼を許容せざるを得ない状況を、奴はどうして想像できないのか。


 ここまでいえば、貴方なら分かるだろう。分かってくれるだろう。どれだけ苦虫を噛み潰したような思いをしようともにへらと笑い、俗物を慰め酒を酌んでやった時の薄ら寒さを。質の悪い事に奴はそれを二度三度、四度五度と繰り返し、最後には酒が入る度に涙を流して自虐の唄を聴かせる癖がついた。知りもしない人間であれば笑いの種にもなろうが、少なからず縁が結ばれた以上彼をコメディアンとして認識できなかったし、だからといって悲劇的な見方をしているかというとそうでもなかった。彼は私にとってなんなのか長年考えていたが、蚊の羽音に例えるとしっくりくる。そうだとも。奴は虫だ。人類にとって不利益しかもたらさない害悪だ。貴方も耳元でぶぅんと鬱陶しく、血をよこせと飛び回る害虫の騒音が終始囁かれる想像をしてくれたまえよ。どうだろう。幾らか俯いたんじゃないかな。けれど貴方と違って私は顔を上げて友情が結ばれているふりをしなければならなかった。その光景と腹の中を貴方と共有できない不自由さに歯痒くもあり、文章によって貴方の感性を刺激できていると考えると嬉しく、誉でもある。貴方にとって私が何者かになれたのであれば僥倖という他ない。そういう意味では今、私は間違いなく満たされている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る