4.16
酒の記憶を遡りながら水で喉を潤しているとなんともいえず嫌な気分になるのは私だけではあるまい。楽しい場であっても「羽目を外し過ぎたな」とか、「余計なお喋りをしてしまった」とか考えてしまう人は少なくないだろう。退屈ならなおの事だし、大木と杯を酌み交わしたなどというのは俗悪極まった感すらある。彼と酒を飲んだという事実が取り返しのつかない背徳行為であって、魂を不浄にし火葬されても行き場なく成仏できず、未来永劫苦しむ咎を呑み込んでしまったのではないかという空想に震えるのだった。そんな私を貴方は馬鹿だと笑うのだ。むきになって反論などせず、私はそれを受け入れる。それがいいのだ。私と貴方の関係とはそういった気安さと素直さが入り混じった純真な間柄でありたい。あぁ、これは笑わないでくれたまえよ。私だって恥ずかしいのだからね。けれど、人の心というのは言葉にしなければ伝わらないものだから、こうして隠さない本音を共有しなければならないのだ。子供時分に天邪鬼を拗らせて、好きなものを思い切り貶してみた記憶はないかい。あるだろう。その時貴方は何を思った。どのような気持ちになった。悲しかったろう。辛かったろう。私には分かるんだ。そんな思いを大人になってまでする事はない。私も貴方の前では裸同然の心なのだから、貴方もそうであってくれていいじゃないかい。分かってくれたかな。そうだね。ありがとう。またお互い、通じ合えた。私は貴方の声を聞く事はできないが、そんなものは瑣末な問題さ。
ところで大木に対しては貴方と違い、稀代の詐欺師が如く偽りを続けていた。夜が明けて一番に出社すると、やはり大木が私の次にやって来て、大きな声で詰め寄るのだ。
「昨日は恥をかかせてくれたね。おかげで僕も店を追い出され、暗闇の中をすっ転びながら帰ったよ。どうだい。良い気分じゃないかい。僕が傷だらけになっている様はさ」
この批評に対し、「申し訳ないね」と私は答える。馴染みでもない店に居座るのが不安だったとか家のガスが漏れてやしないか気が気じゃなかっただとか、本当も出鱈目も交えて一所懸命に彼を欺く役者を演じた。友情を期待したわけではない。私の性分が「黙りたまえ」という言葉を封じ、日和見から媚態を売っただけである。
「そこまで言うのであれば、許そう」
大木のお許しにより、悶着は終わった。その頃には私の尊厳はくたくたの手拭いみたく見窄らしくなってた。
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