4.14
喉の渇きによって目が覚めると私は床で寝そべっていた。
陽の明かりから昼頃だと当たりがつく。無為に惰眠を貪ってしまったと酷く落ち込み、のそりと掛け布団をどかして立ち上がると軽い頭痛と目眩に奥歯を噛む。回復を目論み、コップ一杯の水を飲むために歩くと身体中がきしきしと痛んだ。何事だろうかとしばし考えると、昨夜の事を思い出す。深夜、この部屋まで歩いて帰ってきたという事を。
大木と膝を突き合わせ、鼻水酒だか涎酒だから汗酒だかを飲み、長い長い苦痛に堪え続け、無限地獄に苛まれていると、蜘蛛の糸が一本、さらりと降りてきたのだった。
「お客様、そろそろ」
申し訳なさそうな顔と声をした女将が店仕舞いを伝える。腕時計に目をやるととっくに暖簾を片付ける時刻になっており、これは大変な不躾を働いてしまったと思って「すみません長居いたしました」と頭を下げた。迷惑をかけてしまったが大木から解放される喜びに、私は大変喜んだのだ。電車はとっくに終わっていたが、それでもこの酒宴に終止符が打たれると実感すると、胸を撫で下さずにはいられなかった。ともかく私は、いち早く立ち去りたかったのである。
当然、大木も私と同じように謝意を表明していそいそと帰り支度を始めるものだと決め付けていた。しかし、やはり彼は他人と違って、独自の価値観を軸にして物事を考えるのだった。
「謝る事はないよ君。女将さん。ちょっとばかし無粋じゃないかい。彼と僕はね。話しをていたんだよ。ほら、酒もまだ残っている。こんな状態で店を追い出すなんて薄情もいいとこ。酣の中に割って入るだなんて礼儀を知らないにも程があるんじゃないかい。僕は断じて出ていかないよ。分かったら追加の酒を持ってきたまえ」
私は呆気に取られ、女将は難しそうに眉間に皺を寄せていた。そんな身勝手な振る舞いが通るわけがないのに、すっかり自分が正しいという風に居直り酒を飲む彼は「まだ何かあるのかい」と女将を威圧し、私に酌をする。満たされた杯に手をつけられず困惑していると、彼は溜息を吐いて耳を疑うような事を言うのだった。
「君、電車もないんだろう。せっかくだ。この店を朝まで借り切って盛り上がろうじゃないかい。うん、うん。それがいい。そうしたまえ。そうすれば君は暗い夜の間を暇せずに済むんだから」
大木の弁に冗談は含まれていなかった。
この発言に返す言葉を失った女将が私をじっと見てきたものだから、「いえ、私は帰ります」と席を立つしか術がなかったが、元よりそうしたかったため、彼女の無言の訴えは渡に船でもあった。
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