4.13

 そうとも知らずますます気を良くした大木は旧来から肩を組み青春を共にした竹馬の友とでも言わんばかりに親しげな風を吹かせて脂汗の滲んだ額を鈍く光らせるのだった。内臓が悪いのか所々が黄ばんでいる肌が不気味に強調されていて、子供時分に図鑑で見た毒を持つ昆虫の模様が思い出された。大木にもきっと何かしらの毒があって、先に私が気を許しそうになったのはその毒素が原因なのだと思う事にした。そして、すっかり解毒した私には抵抗ができていて二度と患わないという確信もあったが、同じ目に合わないよう「奴は虫だ」と言い聞かせ万全を取る。私は大木について実に用心し、決して、蟻の一穴さえ隙を見せぬよう油断と慢心を封じながら彼のご機嫌をとってこの酒席を穏便に過ごそうとしていたのだった。



「それにしても、これ程馬の合う人間というのはそういないのではないかね。僕はすっかり君を気に入ったし、君もそうだろう。僕らは随分と波長が合うようだ。前世でも良い関係だったろうね。いやいや実を言うとね。初めて会った時も君とは縁を感じていたんだ。いわばこれは再開の席だ。どれ、もう一つ乾杯といこうか。互いに杯を満たそう」



 脂汗を滴らせ熱弁する大木から注がれた酒の味は唾から汗に変わっていた。もはや何を飲んでいるのか分からないからちっとも酔える気配もなく、その後もひたすら正気を保ちながら大木のお喋りを聞かなければならなかった。彼に対してお出しした愛想を引っ込め、代わりに鉄拳を見舞って精算としたかったが、何度も述べるように私の心臓は蚤の寸尺であるからそんな大それた真似は無理なのである。卓の下で握り込んだ拳はお猪口を持つとすっかり柔らかく赤子みたいになり、奴の幼い顔と合わせると両方とも気色の悪い存在であった。



「まだ飲むだろう。遠慮はしないでくれたまえ。今日はそういう日じゃないか。互いに酔って語らおう。気分がいいんだ。楽しいじゃないか」



 追加の酒の味はもう分からなかったが、ともかく不味かった。

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