4.12

 私が大木などに気を許すなどあってはならないし、彼の言葉を真に受けるなんて隙を見せるようならばそれまでの人生もいよいよ年貢の納め時であって首を括るための覚悟を決めねばならないのであった。一瞬、本当に瞬きする間に、彼に対する嫌悪と軽蔑が色褪せ、隔たりのない関係性を望んでしまったような気配を自身の中に感じた私は即座に気を引き締めて酔いを覚まし、解けかけた我を固くする。彼のような幼児性の抜けない男に心を寄せてはならない。そうでなければ、私も奴と同じように、幼い顔立ちのくせに中年腹だけはご立派な怪人となってしまうのだから。


 そういえば貴方は私の体躯についてどういった想像を膨らませているだろうか。痩せた野犬を彷彿とさせるみすぼらしさで、目玉だけぎらぎらと輝く異形であろうか、はたまた風船衣装を着込んだピエロのように出っ張った腹回りをしている肥満体だろうか。貴方が私についてどのような姿を想像しているのか大変興味があり思案に飽きず楽しい限りなのだが、切りがないため止める。答えを知りようがない問題について悩む不毛な時間は若者の特権であり、その特権を私は有していない。故に、ここまでとする。



 再度大木への警戒を強くした私は彼の唾液に塗れた刺身を横目に酒を舐めた。酒は鼻水から唾の風味に変わっており不快の感じ方が遷移してきた。せめて美味い酒が飲みたかったという嘆きを隠しつつ、胸の中で大木を侮蔑する。彼に対する親近の情を一刻も早く掻き消すため、考えつく限りの暴言を思う存分聞こえぬように唱え続けた。その甲斐あってか私の気持ちはもはや彼に寄せられず、単なる嫌悪の対象に戻った。平素であり、あるべき私の魂に回帰したのだ。

 大木への態度は悪化すると思われたが寧ろ友好的な装いとなり、彼の喜楽の感情を推進する事に貢献した。私にとって害悪にしかならない人間であるからこそ、親切丁寧に接してご機嫌を伺えたのだ。震災を鎮めてもらうために人身御供を捧げるのと似たようなものである。

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