3.19
貴方は既にお察しかも知れないが、簡単に記しているように見えて私の怒りは計り知れないものがあった。川崎への報復を考えながら酒を飲み、時折ミキちゃんと会話を交わし、瓶が空になると酒を貰って、飲んで、また川崎への報復を考える。あんな奴の事なんか忘れてしまおうと強い酒を頼んで喉を焼いてもあの頭から小男の面が消える事はなかった。強引に連れ出し、不埒な店へと投げ込んだ挙句、私が買った酒を無遠慮に飲み下す暴挙に出て、最後には私の名誉を著しく落としたのだから、相応の報いを与えなければならないのは道理であって摂理である。押し黙り泣き寝入りといった言語道断たる薄弱ぶりは、私は良しとしない。然るべき処置を下し、私が受けた以上の恥辱を奴に味わせてやりたかった。
「今夜はよくお飲みなるんですね」
酒の勢いに任せて憎しみ続ける私にミキちゃんの吐息がかかった。彼女は前屈みとなって覗き込み、赤い花みたいな唇がカウンター越しにいる私の近くに置かれていた。
「私も飲んじゃおうかしら」
客に酒をすすめられても遠慮していた彼女から聞き慣れない言葉が漏れた。彼女が酒を飲んでいる姿を、私は知らない。
「最近、どうにも寂しくって。やぁね。歳かしら」
喋る度に吐息が当たる。近くにあるミキちゃんの顔は厚塗りの化粧の上からでも分かるくらい、想像以上に老け込んでいたのだが、それよりも女の艶やかさと狡さがもっと強調されて、それを目の当たりにしてしまうと、私の心にあった、深く根を張っていた川崎への復讐心がふわりと浮かんで泡と消えた。
「……」
無言の間は、互いに唇を重ねる事への了承だった。ミキちゃんの柔らかな、粘り気のある、紅の下にある乾燥した口の先が触れた。長い長い時間が、私とミキちゃんの間に流れていた。
しかし、何にしても永遠などはなく、また、終わりは前触れもなく訪れるものである。
店の扉が開いたのはまだ互いの唇同士で蓋をしていた時だった。突然の騒音に二人して視線を入口に注ぐ。私とミキちゃんの目に映ったのは、小さな身体を震わして目を見開き、ぽっかりと口に穴を空けた川崎の立ち姿だった。
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