3.17
ミキちゃんの店に顔を出したのはそれから一週間経った頃だった。
そろそろ蓄えが目減りしていくのに不安を覚え始めたのと、フーテンを気取るのも飽きてきた時分。稼ぎを見つけるべく奔走しなければならないため、飲み納めとしてやって来たのである。
ところで貴方は「そんな場末の酒場でなく気の利いた店を使えばいいのに」と私を馬鹿にしているね。いい。いいんだ。貴方と私は友達だから、それくらいの悪態は友情の印として受け入れるとも。ただ誤解してほしくないのは、私はこの時遊び人然としていたものだから、最後も遊び人らしく、通ぶって過ごそうと思っただけであって、決してあの酒場に安寧や楽悦を見出していたわけではないのだ。日々酒と女と紫煙の臭いを纏っている人間が上げ膳据え膳でもてなしてくれるお上品なところへ出かけるものだろうか。きっと出かけないだろう。昼夜関係なく酔っ払う彼らは常に破滅の手前をうろうろするような輩である。どこでくたばるかも知れない生き方の中に、料亭だとかレストランだとか、そういった贅沢をするという選択肢があるわけがない。自らを遊び人称する人間は漏れなく掃き溜めのような場所でしか満足できない。そうでなければ矜持がなく、本物でない。遊び人はすべからく退廃的であるべきではないか。
これは私の持論だが、貴方はどう思うだろう。同じ心持ちであれば幸いだけれども、強制はできない。貴方には貴方の考えがあるだろうから、私はそれを尊重しよう。だが、同時に貴方も私の考えを尊重し、「そんな場末の酒場でなく気の利いた店を使えばいいのに」という冗談を撤回いただければと思う。無論、撤回するしないも貴方の自由である事は明言しておこう。いずれにせよ私がミキちゃんの店に行ったのはもう随分前の事だから、貴方がどう思おうが、どうにもならないのだ。申し訳ない。
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