3.15

「兄さんがお連れと一緒にいらっしゃるなんてはじめてね」


「彼は友達なんだ。だから、お前なんかに相手をしてもらいたくはなかったんだがね」


「あら、私はこのお店じゃ一等なんだから」


「馬鹿を言っちゃいけないよ。ほら、酒を注げったら」




 二人のやりとりの中で私は孤立していた。時折相槌を打ったりごにょごにょと言葉は交わすもののそれは工場で点呼を取るのと変わらない形ばかりの所作で、意識があるかどうか確認するくらいの意味しかない。川崎と猪は二人同士で通じる暗号文を用いて喋っているに等しかったため、解読ができない私は疎外感を感じつつ、下手な建前を使わなくていいなと気楽だった。なにより彼らと談笑する気も更々なく、聞こえる内容にすらけちを付けたくなるくらいなものだったのだから、静かに不味い酒で精一杯酔っ払うのが一番平和な道といえた。そのまま平和が続くのが一番良かったのだが、現実同様、波乱というのは起こるものである。川崎が取り置いている酒はするすると私の胃に落ちていき、つい飲み過ぎてしまったと自省する程度には酒瓶の残りが寂しくなっていた。川崎と猪は相も変わらず暗号を交わしているから酒の残量など気にもしていなかったろうが、予想以上に頂いてしまったため、持ち前の一般的な道徳心により呵責する良心が静まらず、一本、干上がりつつある酒より上等な品を卸すべくあの声が大きい男を手招きし、そっと耳打ちするのだった。





「へい。一つ上等なやつでございやすね。お持ちいたしやす」



 耳打ちした意味もなく響く男の声に二人どころか店内全員の視線が一時的に集中するという辱めを受けバツが悪くなる。一旦席を立って頼めばよかったと後悔するも、結局あの声で騒がれたらどこも同じだろうと諦め、私は衆人環視の目を甘んじ、残っている安酒を空にした。

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