3.11
「席はあちらで。兄さんもお連れ様も、どうぞどうぞ」
光の束が犇き、平坦であっても足を取られそうになりながら案内された場所に座る。どこまでも沈みそうなソファの居心地は悪く、卓は傷だらけで白色する空間に黒い溝影を作り出していた。よく見るとどこも粗末な作りになっており、見せかけだけの絢爛な装飾が世界に充満する欺瞞を体現している錯覚に陥って、どうにもきまりが悪く、そわそわと手を揉んで不安を握るのだった。
「あぁ、そんなに緊張しなくとも。健全な酒場ですから、どうか気楽に」
川崎が知ったように宥めながら私の肩を叩いた。その力は存外強く、油断していたら卓に頭をぶつけていたかもしれない。もしかしたらそれが狙いでわざと強く叩いてきたかもしれないが、今となってはどうでもいい事だし、当時であっても仔細ない問題だった。それよりもなによりも、得体の知れないところにいるのが心細く、作法もなにも教えられないままいるのが辛く感じていた。川崎を頼るのも癪であったため、周りの人間から学ぼうと店内に目を配るも発光により手間取る。目蓋を細めようやく視界が定まると、決して若いとはいえない男共と、幾つか見当がつかない女共が笑い合っているのが認識できた。この醜悪な環境に混じっている自分を俯瞰してみると怖気が走り、また、おあつらえ向きな壺中だなと妙に納得してしまって、けれども腑に落ちてしまう自分が嫌で、私の中身は随分騒がしく、慌ただしかった。フーテンを気取るなら、言葉は悪いが、落伍者を装うなら、この手の反道徳的な場所で賑わうのは避けては通れない道のように思え、現状不労者でいる身としては、インモラルに染まらなければいけない気がしていた。
「まぁ飲みましょうよ。お酒、いかがですか」
気付かぬ間に卓には電気ブランよりも安く粗末なボトルが運ばれていて、川崎が勧めるままに薄汚いグラスを傾け、喉を焼いた。なんともいえない背徳の美が芽生えた気もしたが、それが幻想であると直ぐに目覚める。「失礼します」と私の隣に座った女が、あまりにも猪に似ていたからだ。
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