3.6
そうして私が酌をいただいて飲んでいると、ミキちゃんが勝手口から外に出て行く時があった。その隙を見て、川崎は大きな溜息を吐いてこちらに向き直ったのだった。
「勘違いしちゃあいけないよ。ミキちゃんも、商売でやっているんだから」
私はその意味が理解できずしばらく呆けていて、ひとまず「何の事ですか」と返してみると、さも呆れたと言わんばかりに彼は続けた。
「お酌ですよ。特別な事じゃないんですからね。お客として弁えないと」
川崎は警告を発したのだった。私がミキちゃんに対して邪を差し込み、あわよくばと考えぬよう釘を刺したのだ。
この場を借りてはっきりといわしていただくと、この時の私は大変な不快感を抱いており、許すならば彼がリザーブしている電気ブランの瓶を引ったくって頭蓋を陥没させたいという衝動が燃え上がっていた。法の番人が在わす御所に駆け込み、涙ながらに川崎討伐の正当性を賜って大義名分のもと正義の鉄槌を下したかった。しかし方の番人様は公平であらせられるから、何人たりとも私刑の許諾はしないだろうと諦め、下手に荒立てぬよう「気を付けます」などと惰弱極まりない気弱な承知をしてしまったのだった。貴方にもこの屈辱が分かるだろう。小賢しい猿が、自身の餌を盗られると勘違いしてこちらを威嚇してくるような、そんな腹立たしさ。彼の中で私は、彼と同じく浅ましい情欲に支配された人間であると認定されたのだ。これがどうして穏やかでいられようか!
しかし私は平成を装って返事をしたのだ。口論するのが馬鹿らしかったいえばまだ格好は付くけれど、私と貴方の間だ、真実を述べよう。
私は誰かと喧嘩をするのが怖かった。「失礼じゃないかね」と苦言を呈し、事と次第によっては暴力も辞さないような勇気を持っていなかった。誰かを殴ろうにも、誰かの許可がなくては実行できなかった。それ故、私は川崎に屈服する形となり、一人で忸怩たる思いをする羽目になったのだ。笑い話とも読めてしまうが、私は大いに真面目であるから、貴方もそのつもりでいてほしい。川崎の病状日記はまだまだ続くのだから。
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