3.4

 この事実に対して当人はというとちっとも気付いていない風に笑いながら皆々とやり取りをしていた。もしかしなら気付いていながら強かにお道化を演じているかのもと思ってはみたが、ある客から痛烈な批判をされた際は語気を強めて大いに反論を試みていたため、その疑念は失せて消えた。ただそれでも、多くの時間、彼は柔かな顔色で過ごすのだった。





「いや、皆様とお喋りするのが楽しくって、ねぇミキちゃん」


「川崎さんの人徳ですよ」


「人徳だなんてそんな上等なものは持ち合わせていないのですけれどね。あぁでも、そう言ってもらえるのは幸せだなぁ」




 川崎そんな調子でミキちゃんに舌先を向けては「幸せだなぁ」と唄うのだった。それを見せ物に酒を啜る周りの連中には閉口してしまったが、とはいえ、彼らを非難する権利を私は持ち得ない。私とて彼らと同じように、低俗と見定めた人間の滑稽さを嘲笑う習性がないわけではない。その手の愉悦を好んで嗜むといった悪趣味こそ備えていないが、彼らと同じ側面を持つ事は承知しているから、私は彼らを非難する立場にない。また、それは川崎に対しても同じであって、彼は揚々と小馬鹿にされて媚びる人間ではあるが、これもまた私に含まれている成分なのである。やや大物ぶった表現となってしまうが、誰かが楽しんでいるのであればそれでいいじゃないかと考えてしまう気質を持っていて、彼においても、そういったエンターティナーの天稟を有しているのかもしれないのだ。それを否定できようはずがない。そして、川崎が腹に据えかねる軽口に激怒した事についても、やはり、とやかくいう筋合いがないのである。これについては尾谷と栗山について思い出していただければ早いだろう。私はあの二人についてつまらない理由で怒髪天となったのだ。川崎と比較してどちらに正当性があるかと並べてみても仕方なく、等しく愚劣であると判断を下した方が適切ではないか。

 ご理解いただけたと思うが、この時座っていた場末の酒場は、まさに私のような低度の人間に相応しいステージだった。私と彼らで違う点があるとすれば、私は彼らのように、退屈な人生を紛らわそうとしない事だろう。

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