3.3
「川崎さん、昨晩もいらっしゃいましたけれど、余程嫌な事があったのかしら」
「えぇ、まぁ、そんなところです」
「あまりお酒に頼っちゃ駄目ですよ。身体に毒ですから」
「えぇ、はい。気を付けます」
ミキちゃんが「川崎さん」と呼んだ事から、私は彼の名が川崎であると知った。川崎は控えめにグラスを傾け、大事そうに電気ブランの水割りを減らしていくのだったが、それは貴人というより子供が少しでも長くジュースを飲もうとする涙ぐましい努力に似ていた。彼の前に置かれた電気ブランのボトルはもう半分を切っていたのだが、貼り付けられた札の日付は半年も前だった。半年もの間、彼はこの努力を続けてきたのである。
「すみません。どうにも貧乏性なもので」
私の疑問に気が付いたのかと思い、慌てて「そんなつもりはございません」と取り繕ってみたのだが、すぐに他の席から「川崎さんはいつもこんな調子なんだよ」と囃立てる声が聞こえて安堵した。どうもこの川崎という男は自らの卑しさを自覚しており、率先してそれを喧伝する事で他者からの揶揄いを未然に防いでいるようだった。
「そちら、お一人と見えますが、いかがでしょう。少しばかり、酒の肴を出し合いませんか」
川崎の提案に、「かまいませんよ」と頷いたが、これもやはり、彼が隣に座った時と同様快くはなかった。彼のしみったれた飲み方と卑屈な顔が嫌であったし、なにより、ミキちゃんを終始目で追っては酒をちびと煽っているのが見るに堪えなかった。彼の目的は私と話をする事ではなく、私をだしにしてミキちゃんの気を引く事だった。
粗末な計略は、恐らくその場にいる全員に露見していただろうが、誰もがそれを口にしないあたり、彼は知らずのうちにお道化の役割を演じているのだと推測が立った。川崎もまた杉谷と同じで、嘲笑の的にされる人間であると、私は理解した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます