2.11
「君、大したアーティストみたいじゃないかい」
同僚の一人が蔑みながらそう言うと、尾谷は呆れたといった様子を浮かべつつも怒気を含む声色で、「なんだい」と不機嫌な面持ちを露わにしたのだったが、同僚は怯みもせず、むしろ凄んでみせたのだった。
「なに、この前知り合いの画廊に君の名前を聞いたのだけれど、いつも酒場でピカソだのダリだの、芸術家について語っているそうじゃないか。皆から大先生と呼ばれているんだってね」
「絵を語るのは駄目かい」
「駄目じゃないさ。ただ、君の場合は口先で彩る絵空事の方がしっくりくるなと思ったんだよ」
「どういう意味かな。分からないな」
「そう、じゃあ、皆様にもご静聴いただきたいのだがね。君は自分でアーティストだのなんだのと吹聴しているけれども、ご自慢の作品が一般的な芸術感に合わない……いや、君が酔った際決まって口にするという"芸術とは先進性を持たなければならない"という持論を借りれば、その言葉通り実に未来的なアートをお描きになるそうじゃないか」
「観たのかい。私の絵を」
「観たさ。先程の、画廊のところでね」
「……」
話を聞く尾谷の目の中には憎しみが宿っていた。それは同僚に対してもそうなのだが、それよりも、彼を辱めた何者かに対する不断の怨嗟が色濃く滲んでいた。その後も軽薄な見せ物は続いて、尾谷は唇を真一文字に引き黙して語らず目元を尖らせていた。彼の視線の先には勿論同僚の姿があったのだが、その遥か向こうには、彼のアートを嬉々として蔑する画廊の姿と、飲み屋の酔っ払いたちがいるように思えた。
「君になんと言われようが、私はアーティストだよ」
尾谷の言葉に示し合わせたような失笑が散らばる。一同が一様に口を押さえたり下を向いたりしながら、まったく同一の感情を共有していた。愉悦である。
この光景に既視感覚えた私はふとそれが何かと考えると、答えはすぐに出た。偽史を語る杉谷と、それを揶揄う旧友達の構図そのものだった。そして、離れた場所から見物する私もまた、あの時と同じなのであった。
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