2.7

 胸に一物を秘めたまま月日が経った。遠目から尾谷と栗山が談笑する姿を見て鬱屈としながらも、私は気にも留めていない装いを正して平素と変わらぬよう過ごした。表情こそ鉄面皮(と自分では思うが)を維持していた反面、心底から二人の悲劇を望み、地獄の底へと落ちて苦しみ抜いて欲しいと何度も呪詛を吐いた。相手が尾谷でなかったならばこうまで理不尽な怒りに苛まれる事はなかったかもしれない。よりにもよって、あの尾谷が、品性下劣で、巧妙に矮小さを偽装するあの小人が、とにもかくにも、気に入らなかった。



 私は精神の均衡を欠いた中で、突如として杉谷を思い出した。床の中で眠れぬ時間を持て余していると、あの嘲笑の的だった、誰も彼もから嘲られていた人間の顔がぼぅっと浮かび上がり、にたにたと微笑みを浮かべるのだ。気色が悪く苛立たしさを覚え必死に掻き消そうとするも、幻覚に生きる杉谷はやはりにたにたと微笑み続けるのだった。腹が立つが、どうしようもなかった。無理やり目を閉じ、まだ閉じたくないと訴える眼を無視して暗闇に溶けていったのだった。

 杉谷の顔が何故浮かび上がったのか。私の中で、朧げながらも要因は浮かんで入るが、今、それは置いておいて話を続ける。


 私の怒りが頂点に達したのは寒い冬の日だった。風が強く、手袋をしてこなかったのを悔やんだ寒空だった。昨晩の仕事を残して帰宅したためいつもより早い時間に出社した私は、事務所に入る瞬間に立ち止まった。二つの影が、折り重なるようにして括れ、じっと止まっていたのである。

 影の主は、尾谷と栗山だった。二人が抱擁し、接吻している姿に出くわしたのだった。


 子供の頃に見た猫の交尾を思い浮かべた。雄が雌の首に噛みつき、勢いよく身体を打つつけていた光景が不思議と重なり、激しい嫌悪感と憎しみが生まれた。私は感情の激流に身動きが取れず、つい、二匹の獣の逢瀬を捉え続ける。そして、尾谷と目が合った。尾谷は目元をゆっくりと細め、私に語りかけてきたのだ。「栗山は私のものだ」と。

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