2.6

 私はてっきり栗山が迷惑だろうと考えていたのだが、そのあては外れる。

 いつだったか、何かの拍子に二人で茶を飲む機会があった。その際に尾谷についての見解を交える機会がやってきたのであるが、彼女は満更でもないような印象を受けているらしかったのだ。




「面白い方ですし、芸術家、アートにも明るいのでしょう。素敵じゃありませんか」




 にこやかに語る彼女を前に、私は「そうですね」と相槌を打った。それ以外の対応を、知らなかった。なるほど尾谷の戦略は思いの外効果的だったようで、少しばかり彼への評価を改めると同時に、栗山への侮蔑が生じた。




「馬鹿な女。奴の術中にあるとも知らないで」




 はっきりそう言ってやりたかった。だが、先の通り、私は相槌を打つだけだった。

 言ったところで聞きやしない。彼女の中では既に尾谷が特別な人間になりつつあって、私の忠告など馬耳東風だと分かりきっていたからである。せいぜい騙され、安くない代償を、生涯にひとときしかない乙女としての時間を尾谷に捧げるといいと、そんな風な事を考えていた(栗山が乙女であるかどうか知りもしないくせに)。





 聡い貴方ならもうお気づきだろう。この時点で、私が尾谷に妬みの感情を抱いていた事。そして、栗山を憎んでいた事に。





 恥を承知で告白をすれば、私は尾谷程度の人間より、いや、同僚の誰より余程優れていると自惚れていた。それは栗山にも共通の認識であると想定され、二人で膝を突き合わせるているのは彼女が私により強い好意を抱いているからだと愉悦に浸っていたのだ。この前提が崩れ去ると、私の細やかな優越感は居場所を失い変質を余儀なくされた。即ち、尾谷への嫉妬と、栗山に対する憎悪へと姿を変えたのである。低俗である尾谷の願望がなぜ叶うのか、その程度の人間に栗山はなぜ欺かれるのか。そんな気持ちが胸を占め、私は二人の破滅を願わずにはいられなかった。彼女が乙女であると決め付け、より悲惨が際立つように自身の中で演出し、脚本を描いた。そうなる事が正しいのだと、知らず知らず言い聞かせながら。

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