2.5
浜塚の軽蔑しきった本心は尾谷よりも更に洗練された擬態により秘匿されていたため、私以外の人間では機微に触れる事すら難しかった。彼は自身の立場や主義を決して外に漏らさず、堅牢なる防壁で他を寄せ付けない。どうして私が厳重に封鎖された彼の心根を嗅ぎ分けられたかというと、実は密かに彼を観察して、その生態を記憶していたからである。というのも、どうも私は浜塚の冷笑主義的な言動に対して興味が湧き、無断で専門家になろうと決めていたからである。
尾谷はその浜塚が言った「アーティスト」との評をいたく気に入ったらしく、以降、「アーティストの端くれ」とか、「アーティストの卵」と自称するようになる。その度に浜塚は目を細めていたのだが……浜塚の話はこの辺りで止めておこう。私も自称浜塚の専門家故、つい長々としてしまいそうになった。失礼。
アーティストを名乗るようになった尾谷は、一層栗山に対して馴れ馴れしくなっていった。彼の醜悪な気配は薄々と漏れており鼻の鈍い同僚以外には気取られているようだったが、誰もがそれについて口を開く事はしなかった。彼らはずっと尾谷に欺かれていたのだが、今になってそれを指摘してしまうと自分から詐欺の被害者であると喧伝する羽目になるからである。どういうわけか、人間というのは歳を取るに従って自分の審美眼に絶対的な自信を持つようになり、自らが善良、優良、最良と判断したものを貶されるといたく腹が立ってしまうのだ。彼らはそれを弁えており、言葉もなく、暗黙のうちに意思を疎通させ、互いに言及せぬよう示し合わせていたのである。結果として、誰も彼もが引き続き尾谷を褒めちぎり、「君には敵わないよ」と敗者の位にまで成り下がっていったのだった。尾谷はこれを真に受け、「私も精進いたします」というような控えめな自己肯定を口にする。
日毎に増長し、腹の脂肪が恥でもない風に背筋を伸ばすようになった尾谷は、より執拗に、栗山との交流に勤しむようになっていった。
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