2.2
いっそそのまま関わりなく、互いに対岸で釣りをしながら時折観察し合うのと同じ関係性でいられればよかったのだが、こういう場合、どういうわけか望む方向と反対のでき事が起こるものである。
「どうも。いや、結構な事でございますね」
私が食事を摂っている時に、尾谷が例のにこにこ顔でやってきて隣に座ったのだった。私は彼に合わせて反射的に口角を上げたのだが、承諾もなくさも当然といったように座る様はまるで自分の行う行為に正当性があり、やる事なす事全てに免罪符が貼り付けられているような様子。物語の主人公たる風情で堂々とした物腰なのだが、口から出る声、言葉は小人のそれであったため、その乖離に大きな違和を覚えた。また、一体全体なにが結構であるのか要領を得なかったのであるが、これについては尋ねるまでもなく声高にご教示いただけた。
「栗山さん、どうも明るくって、いるだけで当座が華やかになりますな」
栗山というのは会社の若い女だった。彼女は尾谷の言うようによく笑い、誰も彼もが色目を輝かせる花であった。
「若いのに気立がいい。あれはね、いい女ですよ」
尾谷はさも自分の所有物のように彼女を品評してみせたのだがその際、当初見せていたにこにこ顔が、粘性を彷彿とさせる、不潔な微笑に変わっていた。例えるなら引き伸ばしたコールタールである。それまで見事に擬態していた一般性、社会性がすっかりと剥がれ落ち、私の前には欲望を抑えられない幼い顔が形作られていた。恥ずかしながら、醜く歪んだその喜色に私は腰が及んでしまって、「そうですか」と返すのがやっとであった。できるのであればこの時点で会話の幕が降り、彼と私の間に厚い緞帳が挟まって隔たれたらと切に願ったのであるが、尾谷は小さな声で次のように耳打ちしたのだった。
「そうですとも。私はね、すっかり彼女を気に入りましたよ」
怖気が走った私は二の句を告げられなかった。そして、下世話な態度を隠そうともしない彼を卑下するとともに、愉悦の念が生じた事を併せて貴方に知らせておく事にする。その方が、正しく私という人間を理解できるだろう。
知りたくもない。それもまた答えであるけれど、貴方が読み進めるうえで少しでも私の心情を理解できたのであれば、私がより満足できるわけであるから、どうかご容赦願いたい。
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