1.2
彼にとってはこの妄言が拠所であり起点であった。退屈させぬように自分好みの価値を付与してそれを吹聴し、凡庸な人間とは違うと得意になって慰めていたのだ。この杉谷の悪癖は当人の満足によって完結するため、聞いた人間が少しばかりの苛立ついたりするものの害はなく、皆いつしか飽きて反射的に相槌を打って終いとする程度には日常的に溶け込み、誰もが感情を表に出さないようになっていった。僅かばかりの同情や軽蔑はあったにしろ、知れたものである。
ここまで書いておいて今更偽善者のような言い訳をさせてもらうが、私は決して杉谷を非難するために一々述懐したわけではないという点を、どうかご理解いただきたい。杉谷が哀れで底の浅い男であるのは明白な事実であって、覆す事は至難である。それについては否定もしないし、白状するのであれば、哀れで浅く見えるように、彼の生活を都合よく抜粋してしまっている。それは認めよう。杉谷は愚鈍で頭も悪かったが、人が困っている際に助力を申し出たり、暴力に屈して涙を流す旧友に言葉をかける程度の慈愛は持ち合わせていた。貧しい家庭に産まれ落ちたのだろうが、人間としての基本的道徳が抜け落ちていわたけではない。今、何をしているかは生憎と存じ上げないが、きっとどこかで、件のホラを拭きながら真っ当に暮らしているように思う。
では、私が何を記したかったのかというと、杉谷のようにごく当たり前の人間的な感性を持ちながらも、多くの人は虚勢、虚栄に頼らなくては満足して生きていけないという事である。勿論、謙虚に、立派に、あるがままの自分を受け入れる泰然自若の心意気を体現したような人物もいるだろうが、そういった傑物がごく一握りであるというのは、皆様もご承知の通りであろう。もし反を論ずるのであれば、是非ともご自分の周りをよく観察してほしい。きっと、私の言葉が理解できるはずだ。そして、ある一定の人は何かしらで着飾り、自分自身を秘匿しているという事にも、恐らくお気付きになると思う。杉谷のような行いは恥でこそあるが、人間の根底にある普遍的価値観によって生じる、言わば情念のようなものであるとも。
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