新入生歓迎会-3


 平和なサバイバル生活も3日が過ぎて、4日目の昼に差し掛かっていた。

 毎日森に入って野草やキノコ類を集めたり、エレオノーラに森内活動の講義をしたり、技術科の2人に『雪雀』と『山嵐』を見せて武具話に花を咲かせたり、文官科の2人と経営の話をしたりと、かなり班の皆と仲良くなれたと思う。


 だが、平和の影には事件有り。

 今日も今日とて『鉄の森』浅層奥深くで偵察をしていたわけだが、そんな私の元に1体の慌てた精霊が寄ってきた。


「ーーーーーーーーーー!!!」


「…馬鹿がやらかしやがった」


 『鉄の森』は王都近郊という立地にありながら準1級という高いレベルの危険区域に指定されている。

 なぜそんな森で学生がサバイバルをしているのか。それは『鉄の森』が少し特殊な生態系をしているためである。

 森の浅層は危険度で言えば最低級の3級にも満たないだろう。精々がゴブリンや突猪といった最下級の魔物がいるくらいである。

 だが、中層や深層となれば様相は一変する。中層だけで2級、深層に至っては1級の危険区域レベルにもなる。

 

 では、何故そんな森が王都近郊にあるのに駆逐されないのか。

 それは、浅層の豊富な資源と、中層・深層のそれぞれのボスと呼ばれる魔物が自分の縄張りから出てこないためである。

 これにより、王国は『鉄の森』浅層の豊富な自然資源を享受している。


「軍曹殿。馬鹿が4人、コカトリスの縄張りに入りました」


「…正気か?」


 新入生歓迎会では絶対中層には立ち入るな、と言われている。

 浅層と中層の境は分かりにくいが、それなりの実力があるなら簡単に分かる。空気が明らかに異なるからだ。

 それほどに中層のレベルは浅層とは段違いだ。私でも中層の浅いところしか入ったことがない。それより奥は明らかな死の臭いがしたからだ。


 そして、中層の殆どはボスであるコカトリス、『邪眼鶏』の縄張りだ。

 コカトリスはそれほど獰猛な魔物ではないが、縄張りに侵入してきた者に対しては異常な執着を見せる。

 譬え縄張りの外に出ようとも確実に殺すまでその豪脚で追いかけてくるのだ。


 そんな魔物の縄張りに馬鹿が4人も入りやがった。異常事態だ。

 緊急性から、先輩ではなく軍曹殿に真っ先に報告した。


「精霊からの報告か。誤まりという可能性は?」


「あり得ません。精霊には視覚を共有できる魔法があります。私もそれで見ましたから」


「俺にも見せてもらうことは?」


「残念ながら。これは精霊とハイエルフくらいにしかできませんので」


「そうか…」


 『精霊の覗き見』という魔法で共有された視覚に映ったのは、魔法科1年のヴェルナー・コルネリウスが手下3人を引き連れて我が物顔でコカトリスの縄張りを歩いている様子だった。

 まだコカトリスと接敵していないだけマシだが、あの様子では幾何もしないうちにコカトリスが馬鹿4人に襲い掛かるだろう。


「救援信号が上がってないのを見るに、まだ接敵はしてないんだな?」


「ええ、ですがコカトリスの習性を考えると…」


「分かっている。よし、ヴェンデ君は至急、本部に伝令に走ってくれ。あそこならシーザー元元帥がいる。俺とミレイさんの名前を出してくれていい」


「はっ!」


 敬礼したヴェンデ先輩は、元来た道を全速力で駆けていった。


「ローゼンハイン君とカラ君、ミレイさんは俺と同伴だ」


 軍曹殿の判断は早かったが苦渋の決断だろう。

 これが、他の魔物の話であれば私と軍曹殿だけでも良かった。だが相手は状態異常の邪眼を使うコカトリス。聖属性魔法が得意なエレオノーラと、器用なカラさんの2人に状態異常対策をしてもらわなければ、まともに相手できない相手だ。


 ヴェンデ先輩が伝令に走ったとはいえ、多少のタイムラグはある。その間に馬鹿4人が死ぬ可能性だってある。

 そして、今、この現状を知るのはこの小隊の5人のみ。ヴェルナーや手下3人のところの監督官はいないことには気付いているだろうが居場所までは掴めていないだろう。


 この軍曹殿の判断は、カラ先輩はともかく、未熟なエレオノーラに、共に死線を潜れと言っているようなものである。

 コカトリスは強い、らしい。少なくとも、私と実力的に言えば互角の軍曹殿1人で相手できる魔物ではない。交戦すればこの面子を護りながら戦うなど不可能だろう。

 だが、軍曹殿は状況を見てこの判断を下さざるを得なかった。対処する人員が足りなさすぎる。


「こういう場合は最悪の事態を考えなければならない…だから…頼むぞ」


「分かってますよ、軍曹殿」


「や、やってやりますわ!」


「頼まれました」


「では、行くぞ!」


 激動の4日目の午後が始まった。



***



「チッ、なかなか魔物が出てこないな。おい、索敵はどうなってる」


「勿論やってますが、不気味なくらいに周りに魔物がいませんよヴェルナー様」


 その返答に内心、また舌打ちをする。


 『鉄の森』での新入生歓迎会という名のサバイバルが行われると聞いたときは驚いたが、実際始まってみるとつまらない課外授業だった。

 ただ、浅層部に毎日入ってつまらない探索続き。毎日不味いレーションやそこら辺に生えている野草を使った下民の食べる臭い飯。

 何もしていないのにこんなことが監督官に採点されているのは許せなかった。


 先輩達も監督官もビビりだらけだ。口を揃えて中層にだけは入ってはいけないと言う。

 前に父様の狩猟会についてきた時もそうだった。周りの護衛騎士達も口を揃えてここから先に入るなと言う。ここから先にはコカトリスの縄張りだからと。


 それがどうした。俺はヴェルナー・コルネリウスだぞ。由緒正しきコルネリウス公爵家の次男だぞ。

 俺は天才だ。周りとは比べ物にならないくらいにな。

 そんな人間が平凡な評価で終わるのは許されないのだ。監督官の目を掻い潜るのは厳しかったが、こうやって手下達と合流して中層にも入れた。

 何が魔法師団の中隊長だ。俺の実力も計れないとは節穴じゃないか。

 このサバイバルが終われば家に帰って父様に報告しよう。あんな愚図が魔法師団の中隊長をやっているなんておかしくないですか、ってな。


 俺はなんとしても成果を持ち帰らなければならないんだ。

 できることならコカトリスを狩って先輩達に見せつけるんだ。そして評価は俺が独り占めだ。

 何が、邪眼だ。こちらは全員魔導士、状態異常対策は完璧。

 周りがビビりすぎなだけだ。


「…!ヴェルナー様!索敵に1匹引っかかりました!こちらに向かってきてます!」


「よし!お前ら戦闘準備だ!コカトリスかもしれない、対状態異常付与を忘れるなよ!」


 ドタドタと轟音を響かせながらこちらに何かが向かってくるのが聞こえる。

 さて、できればコカトリスであってくれよ。


「ゴゲェェェェェェ!!!」


 五月蠅い鳴き声を撒き散らしながら現れたのはバカデカい鶏だった。

 3mを超える体躯、鶏の身体に蛇の尾。聞いていた姿そのまま、コカトリスだ。


「なんだ、思ったより迫力がないな。これなら突猪を狩る方が苦労しそうだ」


「ゴゲェェ!」


 コカトリスがまたしても汚い鳴き声を上げるがもう遅い。


「五月蠅い鶏だ!迸れ!【紅爆プロミネンス】!」


 魔法が発動すると、コカトリスの顔面が爆発に包まれた。

 炎属性中級魔法だ。最低でも痛手は確実、これで終わってくれたら楽なんだがな。


「流石ヴェルナー様!邪眼を発動させる前n……」


 そう、俺のことを称賛しようと顔をこちらに向けた手下の1人が、言葉を言い切る前に吹き飛んだ。


「え?」


 唐突に起こった異常事態に何が起こったのか分からず、身体が固まった。

 なんで、吹き飛んだ?何が起こった?あいつはどうなった?

 その疑問は思ったより早く解決された。


「ゴゲェェェェェェェェェ!!!!」


「う、嘘だろ」


 爆発で巻き起こった煙の中から現れたのは無傷でこちらを睨みつけるコカトリスだった。

 そして、その眼は不気味な紫色に光っていた。

 その紫色が強く発光すると共に、呆然と立ち尽くしていた手下2人が苦しみ始めた。


「な、なんで…【対毒付与アンチポイズン】はしていた…はず…」


「ご、ごは…。苦し…ヴェルナー様…」


 手下2人の顔は真っ青を通り越して紫色にも見える。

 毒だ。

 なんで、なんでなんでなんで。手下の1人がかけた【対毒付与アンチポイズン】は確実に発動していたはず。

 なら、なんでこいつらは苦しんでいる?分からない分からない分からない。


「ゴゲェ!」


 その無駄な思考を吹き飛ばすかのようにコカトリスが雄叫びを上げた。

 そして、立ち尽くしている俺の元へと近付いてくる。


「やめろ!来るな来るな来るなぁ!」


 恐怖からか脚の震えが止まらない。

 間違っていた。余裕だと勘違いしていた。他の奴らが言っていたことは正しかった。

 生物としての格が違う。ダメだ殺される。


 心が折れてしまった。だからかその場にペタリと尻もちをついてしまった。

 だが、身体は正直で、まだ生きたいとズルズルと後ずさりをしている。


 そんな俺にもお構いなしにコカトリスはその鶏の足を持ちあげて、俺を踏み殺そうとして…止めた。


「【破掌】!」


 疾風。正しくその言葉が似合うと思った。

 疾風がコカトリスをぶん殴って吹き飛ばした。


「…間に合わんかったか!ローゼンハイン君!【解毒アンチドート】を!その後に怪我している少年を救護!」


「承知ですわ!」


 知っている顔が2人と、知らない顔が2人。

 そしてその中には忌々しい、恥をかかせてくれたミレイ・アーレンベルクの姿があった。


 

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