新入生歓迎会-2
翌朝、陽も昇らない時間帯から朝食の準備を始めていた。小型の魔道コンロの上で野菜と腸詰たっぷりのコンソメスープを作りながら昨日の晩に食べたレーションの味を思い返していた。
レーション、野戦食は基本的に味よりも長期保存に重きを置いている。ただし現代日本のようにレトルトや缶詰があるわけでは無い。
基本的には固い黒パンに干し肉、それとドライフルーツくらいだ。不味いとは言わないが、特段美味しくもない。
飯の美味さはその日の士気に係わる。別に貴族令嬢として舌が肥えているわけではない。誰しも美味い飯が食えるならそっちの方がいいと思うのは当然だ。
なので私の魔法袋にはこういう時の為にいろいろなものが入っている。父から譲り受けたこの魔法袋は容量がかなり大きく、時間の流れも極端に遅いので重宝している。
そして、今作っているコンソメスープの素、手作りコンソメ顆粒もその1つである。
食材はそれほど多く入れていないが、こういった調味料の類はかなり多めに入れてある。調味料があれば料理は何とかなるものだ。
本当は日本人らしく白米とみそ汁とだし巻き卵でも作りたかったのだが、王国ではあまり白米を食す文化というのが無い。それに味噌の流通量も多くない。一部にコアなファンがいたりするが現状では私が無理を言って取り寄せてもらっている状態だ。
味噌汁なんかは慣れていない人にとっては独特の味と匂いから食べてもらえないかもしれないと思い作らないことにした。寝ずの番の時にこっそり夜食で作って1人で食べよう…。
そんなことを考えていたら先輩方と軍曹殿がテントから出てきた。
「おはようミレイ。特に何もなかったか?」
「何もなかったですよ。少し森がざわついていましたが、大勢のヒトが入ったからでしょうね。許容範囲内です」
「それならよかった。…他の1年はまだ寝てんのか」
「そろそろ朝食ができますから起こしてください」
「あいよ」
ヴェンデ先輩はそう言って他の1年生3人が寝ているテントにずいずいと入っていた。
コンソメスープのいい匂いが漂っているが起きなかったのは、それほど慣れない環境に放り込まれたせいで疲れていたからか。
エレオノーラは貴族令嬢、エルマとウドはこう言ってはなんだが入たって平凡、仕方がないことか。
「えぇと…ミレイさん、おはようですわ」
「おはよう3人共、朝食ができてますから早速食べましょうか」
寝ぼけ眼の3人に少し苦笑して、スープの入った器を渡した。
寝ずの晩のことは特に言わなくてもいいだろう。言ったところでどうにもなるわけでもないし、嫌味っぽく聞こえてしまうからな。
器を受け取った3人はおずおずとそれに口を付けて、その後に目を輝かせてから少し遠い目をした。昨日な晩のレーションの味と比べてしまったのだろう。
先輩方と軍曹殿も口を付けたのを見てから、私も口にスープを流し込んだ。
うん、美味しい。
前世から料理は好きだったのだ。自分が頑張った分だけ味に分かりやすく表れるから。
「こりゃ美味いなミレイさん」
「ああ、美味いですね。それにしても寝ずの番をした後にこんなもんまで作ってもらって悪いな」
軍曹殿とヴェンデ先輩が褒めてくれるが、ここでヴェンデ先輩が1つ失言をしてしまった。
いや、失言というほどの言葉でもないのだが…。
1年生3人の方に顔を向けると…うん、なんとも言えない顔をしているね。
「ミ、ミレイさん…寝ずの番って…」
「ん、ん~…そのですね…」
「野営ってのは基本夜に1人起きて見張りをするんだよ。お前らは体力なさそうだからなぁ…まぁ、こいつに任せておいたらいいさ」
ヴェンデ先輩…皮肉は避けたみたいですが逆効果ですよ…。
「こ、今晩は私がやりますわ!」
「お~、やれるならやったらいい。でも今日は昨日よりもきついと思うから…まぁ、様子みながらって感じかね?」
ヴェンデ先輩のその言葉に他の先輩方はうんうんと首を振っている。
軍曹殿は…美味しそうにコンソメの味が染み込んだ腸詰を食べてますね。余計な口出しはしないってことですか、そうですか。
「…へ?」
エレオノーラ…昨日はそんなに動かなかったけど、今日は先輩の言う通り昨日よりもきついよ、うん。
***
鬱蒼とした森を歩く、という行為はただ歩いているだけなのに平地を歩くのと違い、速度は出ないし体力を奪われる。
体力のある私や先輩方、それに軍曹は平気そうだが、私の後ろを歩いているエレオノーラはしんどそうな顔をしている。
今は、森の偵察調査、及び食糧確保の為に森内に入り探索中である。
面子は、私とエレオノーラ、それとヴェンデ先輩とカラ先輩、それと殿に軍曹殿である。5人という人数は国軍・魔法師団における一般的な小隊の編成人数である。
何故か小隊長は私である。1年生主導のサバイバルだし、エレオノーラに任せるわけにもいかないので自然と私に任せるながれになったのだが。
「ミ、ミレイさん…こんなに動き回らずとも罠でもしかければいいのではありませんの?」
疲れた顔で私に聞いたエレオノーラの質問に先輩2人の耳がピクリと動いた。
確かに、態々こんなに動かずとも罠をしかけた方が楽できるというのは尤もな考えだ。
「駄目ですね。ただ、森に入っての食肉の確保というだけならそれでもいいでしょうが、私達の目的は違います。大隊規模での『鉄の森』の偵察調査です。
新入生歓迎会と銘打っていますが、本質的な目的はこれです。それを履き違えてはいけません。森を荒らす必要は特にないんですよ。向こうから襲いかかられたらそれは勿論応戦しますけどね。
罠、というのは所謂森を荒らす行為に該当します。それに私達以外にも森に入っている小隊はいるんです。間違えて引っかかって怪我をさせてしまう、そういった可能性も考慮しなければなりません。以上ですかね。
これでいいですか?先輩方」
「文句なしね」
カラ先輩が満足そうに頷いて言った。
この新入生歓迎会は言わば魔法学園と一部教師・国軍・魔法師団による『鉄の森』合同偵察調査である。一応、学園でもそういった風に説明されている。
と言っても他の小隊はその目的を勘違いしているようで、森の精霊の報告によれば森の所々に罠の形跡があるようで。そういった小隊の1年は帰ってから担当の監督官に指導されるだろうが。
それもこれも、このサバイバル中の行動は監督官によって評価採点されていると言った学園側の人間が悪い気もするが。良かれと思ってした行動がまさか減点につながっているとは誰も思うまいて。
うん、でも食べれる魔物の肉、確保したいよね。分かる分かる。折角いると分かってるんだもん。美味しくないレーションじゃ満足できないよね。
と、いうわけで。
バキ。
「ブモ?」
「え?」
「あら」
私はエレオノーラに気付けれないように精霊に食用できそうな魔物がいるところまで案内してもらった。
こちらは気付いてない振りをして、足元に落ちていた枯れ木を踏み砕いて魔物の方に気付いてもらった。
今まで森の中を音も立てずに歩いていたので、違和感マシマシの動作だったが、エレオノーラは唐突に上がった魔物の声の方に気を取られた。
「いけませんね魔物に気付かれてしまいました。これじゃあ
態とらしくそう言う私には気も留めず、エレオノーラは唐突の接敵に慌てふためいている。
今まで、魔物の影すら見えなかったのは避けてきたからだ。
「エレオノーラ、
「わ、分かりましたわ!」
慌てながらも気合十分といった顔のエレオノーラの前に私は出る。
特徴は軽トラサイズの巨体と突進しかない頭。だが、その巨体から繰り出される突進の威力は凄まじく、一兵卒1人では少し厳しい相手である。
「い、いきますわ!我が敵の盾となれ【
エレオノーラが魔法を発動させると前方に大きな純白の盾が現れ、突猪の突進を受け止めた。
「ピギィィィィィィ!」
まるで自動車が壁に衝突したような爆音を立てて【聖盾】にぶつかった突猪は痛みからか喚き声をあげて錯乱している。
「ほいっと」
【聖盾】の脇から飛び出した私は、喚いている突猪の首元を居合一閃。
首の骨を切断した一撃は突猪に断末魔を上げさせる暇もなく、絶命させた。
気配から絶命を確認した私は、つながっていた首を切り落として、ロープを取り出しさっさと脱血作業に移る。
そんな私を見て、ヴェンデ先輩が呆れ顔で近づいてきた。
「…態とだろ」
「いいじゃないですか、エレオノーラも肉が食いたかったみたいですし。ほら見てくださいよあの顔」
私が後ろに指を指すと、頭が無くなって木に吊るされている突猪を見ていい顔をしているエレオノーラが。
あれは完全に美味い肉が食えると思っている顔だ。食い意地さえ張ってなければ、模範的な侯爵令嬢なんだけどなぁ。
「…美味い肉が食えればそれでいいか。で、昼は野営地に一旦戻るのか?」
「ええ、元からそのつもりでしたから」
「分かった。軍曹殿とカラさんにも言っとくわ」
そう伝えに行ったヴェンデ先輩の顔は、先ほどの呆れ顔とは違って、エレオノーラと同じような顔をしていた。
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