新入生歓迎会-1
新入生歓迎会。それは毎年、入学した1年生との顔合わせ、そして実力を見るために行われるもの、らしい。
その内容は学園全体で王都近郊の『鉄の森』と呼ばれる危険区域での5日間のサバイバル。
軍人科、魔法科、文官科、技術科の各学年80名、全生徒強制参加である。私は内容としてはいいと思うが、文官科や技術科の生徒にはしんどいのではなかろうか…。
先生達の独断の元に班分けが行われたが、その面子はほぼ初対面であった。
魔法科1年、エレオノーラ・ローゼンハイン。人間。
文官科1年、エルマ・リッター。人間。
技術科1年、ウド・シャイン。ドワーフ。
軍人科2年、ゲルハルト・ヴェンデ。獣人(犬人族)
魔法科3年、カラ・カラ。人間。
文官科3年、ヨハン・ボンゼル。獣人(兎人族)
技術科3年、ザシャ・べスター。人間。
そして私軍人科1年、ミレイ・アーレンベルク。ハイエルフ。
計8人で1班だ。男女4人ずつ、そして珍しくこの班は貴族子女が私とエレオノーラしかいない。他の班を見る限り最低4人はいたと思うのだが…うん、あまり気にしないでおこう。
軽く自己紹介を終えた馬車の車内は、主にエルマとウドが諸先輩方にサバイバルのことについて聞いている。
このサバイバルには各学科ごとに役割がある。
軍人科と魔法科は『鉄の森』浅層に入り、偵察及び食糧確保。文官科は日々の記録を付け先生に報告、資材の管理。技術科は野営地の管理、班員の武具のメンテナンス。
それぞれを熟し、5日間無事に過ごす。実際こういった危険区域に潜入する合同任務というのはよくあることだ。
ヴァルデック王国内には危険区域に相当する自然環境というのが多数存在する。そういった場所の管理というのは国軍の役目でもあるのだ。
新入生歓迎会と称しておきながら、実態は実戦経験を積むことでもある。
どんなことが起きても対処できるように、国軍や魔法師団からもある程度の人員が派遣されている。
今も、馬車の御者を勤めているのは国軍の軍曹殿である。軍曹殿に御者を勤めてもらうのは、なんとも贅沢というか申し訳なくも思えてしまう。
私達、軍人科の生徒は軍人科に入った時点で国軍所属になるのだが、最低級の二等兵どころか『軍人見習い』という立場である。
それ故、軍曹殿は格上、上司の立場に当たるヒトなのだが…。
「軍曹殿…なんというか…申し訳ない…」
「ん?ああ、君が気にすることはないさ。君たちの御守りが今回の任務だからな。それに俺のような部外者が馬車の中にいる方が空気が悪くなるもんさ」
「…気を遣っていただきありがとうございます」
「ふむ…やはりアーレンベルク閣下の娘さんとだけあって軍人としての心構えはある程度できているな」
「ええ、まぁ…。軍人を志す以上、娘として見られるのは覚悟の上ですから」
父は公爵であり、軍人だ。それも、中将。
5つ上の兄も軍人、大尉なのだが、「閣下の息子と見られるのがしんどい」と家に帰ってくるたびに愚痴を零していたな。
まぁ、どの世界でも親族と同じ職場だと比較されるものである。
軍曹殿と話したり、班員と雑談しているうちに、気付けば『鉄の森』についていた。
ここからは各班に散開してサバイバルである。
このサバイバルは評価もされる。各班監督の教師、若しくは軍人、魔法師団員が付いて回ってくる。
そして、先輩方は基本的に口出ししてこない。1年生主導でのサバイバルだ。勿論、危険な行動などには口を挿んでくるが。
まずは、野営地の選定か。『鉄の森』には何度か来た事がある。確か浅層には中規模の綺麗な湖があったはず。水場が近かった方がいいだろうしそこにしようか。
他の1年生はこういった経験が無いので、自ずと私がリーダーのようになってしまったから独断で決めてしまっても…いや、一応先輩方の意見も聞いておこうか。
「先輩方、野営地は浅層の湖にしようと思うのですが構いませんか?」
「ああ、俺はいいと思うが。みんなはどうだ?」
軍人科のヴェンデ先輩が代表してそれに答える。周りの先輩方も首肯して納得しているようだ。軍曹殿は何も言わないので完全に聞きに徹するようだ。
「森の精霊よ、見ていたら出てきてくれないか」
声に魔力を乗せてそう呼びかけると、3体の可愛らしい精霊が姿を現した。
「この先の湖まで案内してもらえないだろうか。できれば歩きやすい道がいいな」
『ーーーーーーーーー』
「ああ、ありがとう。報酬は私の魔力と、このクッキーでどうだろうか」
私が腰に下げた魔法袋からクッキーを取り出すと、妖精達は嬉しそうな声を上げた。
エルフにとって精霊という自然存在は良き友だ。私にもハイエルフの血が流れているので精霊は幼い頃からたくさんと見てきた。
そしてエルフというのは木々や動物たちとも意思疎通が取れたりする。ハイエルフという種族はそのエルフたちよりも明確に意思疎通が取れる。
精霊たちもハイエルフには無条件に仲良くしてくれる。ハイエルフは所謂チート的種族なのだ。
「うむ、ではよろしく頼む。では皆さん行きましょうか」
「…今年の歓迎会は思ったより楽になりそうね」
そう言ったカラ先輩の顔は少し引き攣っていた。
***
精霊達の案内によって湖に着いた後は、みんなで野営地の設営をして、軽く野営食を食べて、明日は何をするかを話し合って寝ることになった。
食事の時にエレオノーラが渋い顔をしていたが、確かに普通に暮らしてきた貴族令嬢にとってレーションは辛いものがあるだろう。明日の朝食は私が作ってあげるとするかな。
それにしても私以外の班員は就寝の話が出るとともにさっさとテントの中に入っていってしまった。
1年生はまぁ、仕方ない。いきなり慣れない場所に連れてこられて危険区域の森でサバイバルともなれば疲れるものだ。
2・3年生は態とだろう。テントの中からはまだ起きている気配がする。それと軍曹殿も。
「ヴェンデ先輩、寝ずの番をするなら先にしてください」
私は、パチパチと音を立てる焚火に向かって独り言ちた。
すると、さっき入っていったばかりのテントからヴェンデ先輩が出てきた。
「ちぇ、誰もしなかったら明日の朝に愚痴の一つでも零してやろうと思ったのによ」
「性格悪いですよ先輩。まぁ、他の子よりも明らかに体力がある軍人科の我々の仕事でしょ、こういうのは」
「他の奴らは明らかに疲れ切ってた顔してたのにお前さんは嫌な顔しねぇで進んで寝ずの番までやるなんてよ…。去年の俺に見せてやりたいぜ」
「先輩は去年、普通に寝てしまい起き掛けに寝ずの番をしていた先輩に愚痴を零された…と」
「いきなり『鉄の森』でサバイバルなんて言われて半日馬車に揺られて、そのまま野営。それに晩飯は美味くはねぇレーションときたもんだ。普通は疲れ果てて寝るってもんだ」
「まぁ…私はこういうのには慣れてますので」
「けっ、可愛くない後輩が入ってきたもんだ」
そんな会話をしていると、少し離れたテントから軍曹殿が出てきた。
「夜番はやはり君たちか」
「えぇ、軍曹殿。軍曹殿も少しは寝てくれていいんですよ?」
「そうもいかん。何か君たちにあったときに自分は熟睡してました、じゃ言い訳が付かないからな」
「えっ、軍曹殿はこの五日間寝ないつもりなのでありますか」
ヴェンデ先輩が驚いた顔をしている。この先輩でも流石にそれは知らなかったか。
まぁ、私もそうじゃないかなと思っていただけなのだが。
軍曹殿は馬車の中で「御守りが任務」だと言った。なので口出しはしないし、多少の怪我は許容するが、命の危険だけは排してくれるということなのだと私は解釈した。
それは、命が保障されているということであり、逆に言えば軍曹殿は命の保障は絶対にしなければならない。それはつまりこの5日間、四六時中私達のことを見ているつもりなのだろう。
「まぁな。それが私の任務だからな。それに5日くらい寝なくても何とかなる。そういう風に鍛えているからな」
「流石です」
本当に流石だ。私でも5日間活動しようと思えば最後の方は魔法でドーピングしなければならないだろう。
それを"何とかなる"で済ませられるのは本当に流石である。
「ではヴェルデ先輩、1時まで先にお願いします」
そう言って私は先輩に魔法袋から出した懐中時計を放り渡した。
先輩はそれをキャッチした後少し顰め面をした。
「おい、こんな高そうな物投げるんじゃねぇよ」
「そんな大事なものでもないですから。そうじゃなければ持ってきてませんよ」
「言いたいのはそういうことじゃ…まぁ、いいや。交代の時は起こした方がいいか?」
「いや、いいですよ。闇の精霊に目覚ましを頼むので」
「便利だな精霊…」
今が21時。4時間も寝られれば充分か。
「では、お先に失礼します。先輩、軍曹殿。
ああ、それと、明日の朝食は楽しみにしておいてください」
「ん?明日の朝はミレイが作ってくれんのか?」
「ええ。いくらサバイバルといえど食事は美味しくないと。
この魔法袋にはいろいろ入っているんですよ」
私はそう告げて、近くの木に登って寝ることにした。
もう寝息を立てているテントに入ってもし起こしたら…と思うとテントには入りずらかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます