山嵐
「ミレイ…それ、なんというか凄いね」
「ん?ああ、"これ"か」
無の日、今日は休日だ。この日は私は刀を置くことにした。
今生でも、その手に武を持ってから修練を休んだことは無かったが、学園に入学してから、というよりもランバート先生の言葉を聞いて余裕を持つことにした。
というわけで、今日は休み。といっても軽く魔法の訓練はするつもりではいるが。
今は、今生ではかなり久しぶりに日の出後に起きたところだ。
今日ばかりは起床の鐘も鳴らないのでゆっくりと二度寝から目覚めたところだった。
お腹が出ているキャミソールを寝巻にしているので、その出ている部分にある"これ"をカミラに初めて見られた。
いつもカミラは私が軍服に着替えてから起こしていたからな。
「これは12の時に魔物の森で1人サバイバルをしていた時のものでな。オークの集落があったから殲滅したのだが運悪くオークキングがいてな。それにつけられたものさ」
私の腹にはかなり目立つ大きな創傷がある。
普段は服の下にあるので隠れている。まぁ、隠すほどのものでもないが。
「12歳で…魔境の森で…サバイバル…?」
カミラはわけが分からないという顔をしている。
魔物の森と言えば、王国の辺境にある危険区域である。
そんな場所でサバイバルなど、どんな野生児でも裸足で逃げ出すようなものだ。
「あぁ、1人でな。浅層に潜っていたのだが、本当に運が悪くてな。オークキングとは相打ちしたのだが、その後【生命増強】が追い付かなくてな。当時は練度も低かったのでこうして大きな傷跡が残ってしまったのだ」
「ま、待って。情報過多…追いつかない…」
おっと、一気に話過ぎた…というわけではないか。
まぁ、あまりにも荒唐無稽な話だ。公爵令嬢ともあろうものが魔物の森で1人でサバイバル。それにオークキングと相打ちなど。
「…本当の話?」
「本当だぞ?私は友人に嘘はつかん」
「…はぁ、ミレイの強さの理由の一端を聞いた気がする」
「面白エピソードは他にもあるが聞くか?」
「面白って…まぁ、聞く」
ちなみに朝の女子寮の食堂では、キャミソールのまま出て行ってしまったので滅茶苦茶見られた。
やはりデカい傷というのは目立ってしまうな…。
***
時間は昼過ぎ、だらだらと部屋でカミラと駄弁りながら本を読んでいたのだが、そこに「できたぞ」という簡潔な内容の伝書が届いたので、カミラと共に王都街に来ている。
お互い、休日なので軍服ではなく私服なのだが、それはもう周りから浮きに浮きまくってる。私だけ。
「…ミレイ、見られまくってる」
「なぁに、存分に見させておけばいい」
カミラは普通のワンピースでなんとも可愛らしい恰好なのだが、対する私は袴。足元だけはブーツだが。
前世からそうだ。女らしい恰好というのがなんともむず痒く感じてしまう。
私の普段着は前世から袴。なので今生でも仕立て屋に無理を言って東方風の袴を仕立ててもらったのだ。やはりこれは落ち着く。軍服もあれはあれで締まっていいのだがな。
「ついた」
カミラと雑談しながら歩いているうちに着いたようだ。
『ブロン工房』。カミラの実家であり、私が武具を頼んでいる店である。
「できたぞ」というのは、頼んでいた武器ができたということだ。
「…ただいま」
「らっしゃ…ってお嬢じゃないっすか。親方~!お嬢が帰ってきましたぜ~!」
店番の男が店に入ったカミラを見て、店の奥に向かって大声を上げた。
どうやらカミラは実家ではお嬢と呼ばれているらしい。なんとも可愛らしいことだ。
「おう、帰ってきたか。アーレンベルクの嬢ちゃんもやっぱり一緒だったか」
店の奥から出てきたのはThe・ドワーフと言わんばかりのずっしりとした体躯に髭を蓄えたおじさん。
カミラの父にして、王都一の鍛冶師であるアーノルド・ブロンだ。
「相変わらず嬢ちゃんは東方のサムライの恰好が堂に入ってるな。あぁ、そんな物欲しそうな目をするな、こいつじゃ」
そう言ってアーノルドさんは壁にかけてあった一振りの"薙刀"を手に取って私に渡してきた。
「造形は注文通りに仕上げたぞ。性能はお前さんに合うように余計な付与は一切せずに”鋭く、剛く”仕上げてある。
銘は『山嵐』。その腰に下げておる『雪雀』と同じくお前さん専用武器じゃ」
形は静形、穂は2尺、柄は6尺。全体で見れば8尺と一番実戦向きな長さだ。
穂に巻かれた布を取ると、現れるのは綺麗な黒と銀のグラデーションに波打った刃。
薙刀は、私が刀と同じくして"使える武器"だ。
やはりアーノルドさんに頼んでよかったと、手に持った段階から思える仕上がりだ。
「少し試していくか?」
「勿論」
工房の裏手は庭になっている。
そこには1本の丸太が立っていた。
私が試し切りをするのを見越してアーノルドさんが用意していたものだろう。
「なら、少し魅せるとしましょうか」
石突でコツンと丸太を小突いて宙に浮かせる。
薙刀を手元で回しながら持ちかえる。
前世から得意だった薙刀術。その中でも最も得意だった技。
なんの因果かは分からないが、この薙刀の銘と同じ名のその技は相手に反撃を行わせることなく切り刻むことを目的とする。
「神前流薙刀術【山嵐】」
巻き起こるは刃の暴風。
丸太は打ち上げられたまま切り刻まれ、すとんと地面に落ちると、まるで薪割りを行ったかのようにバラバラの薪の状態になった。
神前流薙刀術の極意は"変幻自在"。その攻撃を以てして相手に反撃の一手も与えずに攻め、切り殺すことを目的とする対人特化の刃である。
「見事じゃな」
「綺麗…」
そうアーノルドさんとカミラが褒めてくれる。
「嬢ちゃんは『雪雀』の時もそうじゃったが、まるで使ったことがあるような捌き方をするのぅ」
「あぁ、東方の武具はいやに手に馴染むんですよね」
流石に、前世から扱ってますからとは言えないので、周りのヒト達には"そういうこと"にしてある。
「ふむ…まぁ嬢ちゃんがそういうならそういうことにしておこうかの」
「ええ、そういうことに。ところでアーノルドさん、代金の方は?」
「色々と希少な魔物の素材を使ったからのぅ、白金貨5枚かの」
「は、白金貨…!?」
「じゃあ家に請求しておいてください。話は通してあるのですぐ出してもらえます」
白金貨5枚と言えば前世で言うところの5000万円相当だ。カミラが驚くのも仕方はない。
一般的な軍人の武器は金貨10枚-100万円相当-が妥当なところだ。一学生が武器にかける金額ではない。
だが、これは最高の鍛冶師が打った思考の一品。それなりの付与もしてもらっているので値段が跳ね上がるのも頷けるものだ。
この金額がパッと払えるのは私の実家であるアーレンベルク公爵家が太いからではない。
数年前から魔物の森などで狩った魔物の素材を売った金額で賄っている。
これといった趣味もないし、武具には金をかけるべきなのだ。それが私の持論である。
ちなみに腰に差している刀である『雪雀』は白金貨4枚だった。
「ね、ねぇミレイ…」
「大丈夫さ。アーノルドさんに"専用武器"にしてもらってるから盗まれる心配もない。なんなら持ってみるかい?」
専用武器とは、文字通りのその人専用の武器のことだ。
所有者の魔力に反応する特殊な付与であり、所有者以外が持とうとした場合は持てなくなるというものだ。
「い、いやそうじゃなくて…。高すぎない?」
「あぁ、何だそんなことか。特に趣味もないのでこれくらいしか使うところが無くてな。それに私が稼いだ金だ、私がどう使おうがそれは自由だろう?」
「カミラ、この嬢ちゃんは少し可笑しくてな。予算を聞いたら「いくらでも出す、その代わり最高の一品をしあげてくれ」って言う上客じゃ」
「ちょっとアーノルドさん、可笑しいとか言わないでくださいよ」
「はは、これはすまんかった。で、次はどんな武器をご所望で?」
アーノルドさんがそう聞いてきたので少し思案する。
あぁ、そう言えば太刀である『雪雀』の次は脇差が欲しいんだった。
「脇差が欲しいかな」
「ほう、脇差か。それなら打てる。なら少し話を聞こうか」
アーノルドさんがそう言って工房内に案内してくれる。
カミラはそれを呆然と眺めていたが、気を取り直すとあとを追いかけてきた。
はは、まだ見ぬ武器に興味を示すところは鍛冶師の娘らしい。
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