渇望


 確かこいつはコルネリウス公爵家の次男のヴェルナーだったか。その自信たっぷりの雰囲気が苦手だったのでよく覚えている。


「どうぞ」


「まず、前提から疑問でした。我々魔導士は基本、戦場では後方に配置され、そこから攻撃魔法を打ち込むというものではないのでしょうか。そのような配置であるのなら態々このような対近接戦闘を学ぶ必要もないのでは?その時間があるのなら上級魔法の1つでも学んだ方が有意義に思えますが」


 ああ、なんだそんなことか。

 前提から既にはき違えているとは。そんな自信に満ちた表情をして、こちらを言い負かしたいのが見え見えだ。


 私は隣でランバート先生が口を開くのを察してそれを制した。

 こういう相手は正論ではなく実体験で言い負かすに限る。


「では、ヴェルナーさん。貴方は戦場に赴いたことはありますか?」


「いや、ないですが」


「なら、貴方が戦場の定石云々を語るのはそもそも間違いではないでしょうか」


「な、なにを申すか!」


 ハハッ、反論されるとおもってなくて狼狽えてら。

 私がこいつとパーティーで会ったときはそれはもう静かにしていたものだからな。ハハハ。


「で、ではそういう貴女は戦場に立ったことがあると?」


「勿論」


「なに!?」


 ヴェルナーはまさか公爵令嬢が戦場に立ったことがあると思ってもいなかったようで驚きの声を上げる。

 まぁ、それもそうか。私は少し特殊だからな。


「私が初めて戦場に立ったのは13の時。隣国である帝国との小競り合いに時に父に臨時兵として登録されまして」


「な、な…!」


「確かその時はランバート先生もいましたよね?」


 私が先生に視線を向けると、先生はしたり顔で口を開いた。


「確かに2年前のあの時は私も戦場にいたね。あの時は酷かったなぁ。帝国兵が捨て身で後方の兵站を狙ってきたんだもん。まぁ、いち早く気付いた"後方の"私達魔導師団が蹴散らしたんだけどねぇ」


「ええ、そうでしたね。私はその仕返しとして帝国軍の兵站を急襲する部隊の一兵士として駆り出されました。はは、帝国軍はまさか仕返しにくるとは思っていなかったようで、兵站施設を壊滅させてやりましたけどね」


「「ハッハッハ」」


 私とランバート先生は顔を見合わせて高笑いをした。

 ああ、たった2年前のことだがなんとも懐かしい。

 父に「お前も軍人を志すなら早めに戦場に立っておいた方がいい」と言われたんだったな。

 そういや私はあの時、身分を隠して戦場に赴いたので、それをヴェルナーが知らなくても仕方がないか。


「ヴェルナー君、私達が言いたいのは戦場において"魔導士の後方配置"は理想論でしかないってことなんだよ。戦場の戦況というのはその場その場で変わる。なんなら私は最前線配備だってされたことがある。

 それに魔導師団の任務というのは戦場での戦闘だけじゃない。それこそ国軍と協力して魔物の討伐に行くことだってある。あいつらは何でもありだからね。私だって若い時に近接戦闘で死にかけたことだってあるくらいさ。

 君が将来、魔導師団に就職するかは分からないが、そういうことだってあると覚えておいたほうがいい。分かったかい、温室育ちのお坊ちゃん?」


「は、はい…」


 先生は最後にそう煽って締めくくった。

 リラ・ランバートは平民出の叩き上げだ。その行使する魔法はほぼ独学、この王立学園に通ってすらもいない。

 そんな人だからこそ、理想論を掲げる文字通りの"温室育ちのお坊ちゃん"には思うところがあったのだろう。


「みんなも質問があればどしどしするといい。それこそ戦場のことでも何でもいい。私が親切丁寧に答えてあげよう。

 さてさて、少し話が本題から逸れてしまったが、実技授業といこう。

 ああ、なにも難しいことじゃない。延々と私が組んだ君たちチームでミレイちゃんと戦ってもらうだけさ。

 補助魔法は有用だと、実戦を通して身体で覚えてもらわないと、ね?」


 その後、魔法科の屋内訓練場は阿鼻叫喚だったと言っておこう。

 実技授業が終わる頃にはクルト殿下以外は皆死んだ顔をしていたとも。



***



 学園が始まって6日、魔法科の実技授業に出るようになって5日経った。

 そんな今日は闇の日、前世でいうところの土曜日である。

 一週間は主な魔法属性になぞって、火、水、地、雷、光、闇、無に対応している。学園は無の日は休みなので、私はランバート先生に夕食に誘われていた。

 店は王都にある大衆酒場。くそぅ、酒場にいるのに酒が飲めないやい。


「まっさかミレイちゃんから大衆酒場でいいと言われるとはねぇ~」


 2人とも、それなりの地位の人間のため個室は取っているが並んでいるのはどれも酒場に有りがちな一品メニューばかりだ。


「高級店って苦手なんですよね…こう、息が詰まって」


 ランバートからすれば、それは公爵令嬢の口から飛び出した台詞だとは到底思えないものだった。


「にゃはは!ミレイちゃんはこういうところでも”らしくない”んだねぇ」


 おそらくこの”らしくない”にはいろんな意味が含まれていると思う。

 だからこそ私は言葉の上辺だけを受け取ることにした。


「本当に苦手なんですよ…。それに、気負いなく話すならこういう席の方がいいでしょう?」


「にゃは!ミレイちゃんは分かってるねぇ」


 そう言って先生は唐揚げを口に放り込んでそれをエールで流し込んだ。

 あぁ、くそ。私もそれやりたい。絶対美味いに決まってんじゃん。


「ミレイちゃんはさぁ、クルト君についてどう思う?」


 口を空にした先生が恐らく話したかった本題について問いかけてきた。

 それにしてもクルト殿下の話か…。

 あの方は、魔法科の1年生の中でも実力が一際抜きんでている。

 この一週間、ぶっ通しで模擬戦を続けてきたが、魔法は万能。術式展開も早いし、下級魔法程度なら易々と無詠唱を熟す。

 それに、行使できる魔法の種類も多い。何度模擬戦をしたか覚えていないがその多さには底が見えない。それにオリジナル魔法も何個かあり、その発想の柔軟さにも驚いた。

 だが、いや、だからこそか。欠点は目立つもの。


「最後の詰めが甘いことを除けば、15歳とは思えない感じですね」


「にゃは、15歳とは思えないのはミレイちゃんもそうなんだけどにゃぁ」


 私の場合は前世も含めて42年生きてるんだけどね。


「私の場合は立場に甘えず、日々修行してきましたから。そういう意味ではクルト殿下も同類の臭いがしましたけどね…」


 こちらが見せた手から徐々に喰われて自分のものにされていく感じ。

 あれは、ただの"天才"には見られないものだ。”ただの天才”はああいった”泥臭さ”は見せられない。

 冷静な目の奥から時折見える、渇望の炎。あれはいったい何を渇望しているのだろうか。


「そうだねぇ。あの子は”稀代の天才”だなんだとか持て囃されているけど、それは外面しか見てない奴らの言い分にゃ。

 あの子に才能があるとしたらそれは"努力の才"だにゃ」


「そういえば、授業中に殿下から一時期、先生が家庭教師を勤めていたと聞きましたが」


「2年だけね。12歳の時に既に王族教育が終わったっていうから有り余る魔力を遊ばせておくのも勿体ないって師団長から頼まれたんだよ」


 12歳の時に王族教育が終わっていた…。それはなんとも…。

 本来、王族教育とは成人を迎える18まで続けられるものだと聞いている。それほどに厳しく、王族だからこその覚えるべきことの多さ、というのを父から聞いたことがある。


「それで?」


「初めて魔法を教えたときに思い知らされたよ、"アレ"は周りが言うような天才じゃないってね。

 失敗から成功を学ぶことができる、王族らしくない王族だったよ。そして失敗を恐れない。そういう意味では恐ろしく感じたよ。」


「失敗の恐怖は誰しも恐いものですからね。私はとうの昔にその感情は殺しましたが」


「そう、そこだよミレイちゃん。失敗は誰しも恐い、そのはずなんだ。だけどねぇ…クルト君は最初からその感情が無いように失敗をするんだよ」


「失敗をするのが恐くない…いや、失敗からわかる経験に歓びを覚えているといったところでしょうか」


「そうだね。でもあれは良い狂気だよ。本来子供は失敗をするべきなんだ。そうして学んでいく。貴族たちは失敗を恐れすぎなのさ」


 そこで先生はグイっとエールを呷って一息ついた。


「クルト君はいい、教え甲斐がある。失敗から常人が1学ぶところをあの子は10も20も学ぶ。常人が恐れる失敗を嬉々として失敗する。

 ミレイちゃん、あの子は化けるよ。」


「確かに化けるでしょうね。こう、何というか、下から才能が迫ってくる…といった感じでしょうか」


「全部喰っていくからね。ある意味食いしん坊、渇望の暴食といったところかにゃ?何をそんなに望んでいるのかは私もわからにゃいけどにゃ」


「やってはいけない失敗は線引きできている様でしたしね。そのうち先生の才能も喰らうんじゃないですか?」


 軽く、冗談がましくそういったら先生は予想が言うも反応を見せた。


「にゃはは、それはあり得るかもねぇ。いや…そうであったらどれだけ嬉しかったか…」


 そう少し寂しそうに言った先生の顔は、食事が終わって寮に帰って寝るまで脳裏に焼き付いて離れなかった。

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