第三王子
翌日、も同じように時間が過ぎて、お昼時にシーザー先生に「軍人科の教練にいちいち顔出さなくていいからな」なんて言われてしまい、そして、死んだ顔をしているクラスメイトはどんな教練を受けているんだと気になり始めた午後。
昨日に引き続き魔法科の実技授業に顔を出していた。場所は昨日とは違い魔法科の屋内訓練場。
「にゃにゃっ、みんな集まってるねぇ。今日の実技授業は補助魔法について、だにゃ」
ランバート先生がそう言うと、数人の生徒に落胆の顔が見える。まぁ、それも仕方ないか。
魔法は大雑把に分けると3種類に分けられる。攻撃魔法、補助魔法、生活魔法の3つだ。
攻撃魔法は言わずもがな、戦闘において相手を傷つけるための魔法。
補助魔法はそれをサポートするための魔法。主に拘束系や状態異常系などが上げられる。
生活魔法は生活に役立てられる魔法、というものだ。
そして、魔導士たちの象徴と言えば派手で威力のある攻撃魔法なのだ。補助魔法は地味な裏方という認識なのだろう。
だが、違う。実戦ともなれば攻撃魔法をバンバン放つ隙など存在しない。威力が高くなればなるほど比例して術式展開時間も長くなる。その隙を作ってくれるのが補助魔法なのだ。
実際、補助魔法はえげつない。対魔導士戦闘だと言って母と模擬戦をした時など、一撃与えるどころか補助魔法だけで完封されてしまった。
「むふふ、勘違いしてる子がいるようだね」
勘違い。それも仕方ない。
魔法科に在籍する生徒の多くは貴族子女だ。
魔法の才があると言え、その才は実戦など経験せずに多くは家で労せず家庭教師などに育てられた温室栽培だ。
実戦を経験していても、それは多くの護衛にお膳立てされたもの。
本質的に実戦を経験したものなどほぼいないだろう。
「なら、その勘違いを正してあげるのが先生というものさ」
すると、ランバート先生の視線がこちらともう1人の生徒に向いた。
あぁ、なるほど。
「では、分かりやすく実演といこうか。ミレイちゃんとクルト君」
檀上からちょいちょいと手招きする先生の元へと足を向ける私とクルト…クルト・ヴァルデック第三王子。
そういや稀代の天才王子と噂に名高いこの人も魔法科に入学していたのだったな。
そして、そんなお方と2人で呼ばれたということはとてつもなく嫌な予感。
「じゃあ、2人で模擬戦をしてもらおうか。」
「はぁ…」
嫌な予感は的中した。これは溜息をついても許されるだろう。
なんとなくこうなることは予想できていたが。
「模擬戦といっても想定戦闘だね。」
「想定戦闘…ですか」
「うん、そうだよクルト君、初っ端から全力のミレイちゃんと戦り合えって方が無理な話さ。だから想定戦闘。
そうだな…ミレイちゃんは襲いにきた賊ってことで、全力の5割くらいで頼めるかな。あ、あの刀って剣じゃなくてこの剣で」
そう言って先生は私に長剣を投げ渡してきた。
成程。確かに刀という武器は特殊だ、剣とはそもそもの戦い方が違う。分かりやすい長剣のほうがいいか。
「クルト君の方は唐突に襲いかかってきた賊に応戦する形で。救援は出していることにして…時間制限は2分ということにしようか。
それまでに、制圧できるならそれでよし。できないなら耐え続けて。できれば補助魔法メインでね」
「分かりました」
「ミレイちゃんは単純明快。この屋内訓練場に張られている結界の力を発動できたら勝ち、できなければ負けってことで」
「成程、分かりやすい」
この屋内訓練場に張られている結界は少し特殊な訓練用のものだ。
致命的な攻撃を受けたら、その痛みすらも感じずに無傷の状態で結界の外に弾き飛ばされるというものだ。
この結界のおかげで攻撃魔法を使った模擬戦をすることができるのだ。
「…ミレイちゃん、分かってると思うけど」
「承知してますって」
クルト殿下にはいくら模擬戦とはいえ殺気なんて向けませんって。
そもそも手合わせすること自体あれなのに、殺気なんて向けようものならいくら公爵令嬢といえど首が物理的に切られかねない。
これは模擬戦…いつもとは違う…。うん、心構えは完璧だ。
「じゃあ、ギャラリーも待っていることだしやろうかミレイさん」
「よろしくお願いします、クルト殿下」
「殿下はやめてださいよ。この学園ではそういうの無し、でしょう?」
「とは言え、殿下に対して軽い口ぶりというのは公爵令嬢として憚りますので」
「そうですか、なら仕方がないですね」
その言葉で会話は終わりと言わんばかりにクルト殿下はバカデカい純白の盾を構えた。
ずっと気になっていたが、重戦士でも使わないような大盾というのは得物として不自然だ。
それに、魔導士が普通使うはずの杖が見当たらない。ということはあの大盾が杖と同じ魔法媒体なのだろうか。
そんなことを、5割強度の【身体強化】をかけながら考えていた。
「じゃあいいかにゃ?それでは始め!」
魔導士相手は先手必勝。
長剣を上段に構えて吶喊する。
それに対して殿下は盾を構えた。盾で受けられてもそのまま力勝負に持ち込める。
と、思ったところで前方に魔力反応、いやこれはもう術式展開が終わっている。
「【閃光】」
「まっ…ぶ!」
少し身構えたところに目をつぶすのには十分な光量の眩い光が解き放たれた。
これくらいの魔力反応なら押し通れると油断したツケがこれだが…舐めてもらっちゃ困る。
「破ッ!」
視界が潰れたところで、気配は読み取れる。
そのまま長剣を振り下ろした。が、その剣は盾に流されてしまった。
「チッ!」
思わず舌打ちが出てしまう。あの盾はどうやらこけおどしではなかったようだ。
それから、数回切りつけるが全て盾で受け流されてしまう。
「【昏き闇の底】、【美しき人魚の剛き声】」
その細い声が聞こえるとともに、世界から音が消えた。
聞こえた魔法名は知っている。永続的に視覚と聴覚を奪う魔法だ。
だが、この状態でも私は戦える。感覚を研ぎ澄まし、気配を掴む。
気配は、前方にある。そして動かない。
なので態と視覚と聴覚を奪われて戸惑っているフリをする。
すると真後ろから魔力反応。これは…魔力で作ったデコイか。
なら、引っかかったフリをして、と。
そのデコイに反応して前方の殿下の気配に背を向けると、その気配がこちらに向かって動いた。
成程、接近戦で制圧するつもりか。もし、私が気配を掴めていなかったら易々と捕まっていただろう。
私の
殿下は急に止まった。気配から察するに盾を構えたのだろう。
予想通りだ。
殿下の盾の構えには地面との間に隙間があった。その隙間を縫うように剣を滑らせて、平打ちで打ち上げる!
数合打ち合った感覚的に膂力は私の方が上。盾はそのまま弾き飛ばされ体勢が崩れる。
その隙を逃すほど私は愚鈍ではない。
流れるようにそのまま殿下の首元に剣を添えた。
殿下の気配の気が抜けた。降参を宣言したのだろう。
それと共に私の視覚と聴覚が戻ってきた。
「油断、されましたね?」
「はは、したつもりは無かったんですけどね」
終わってみればお互いに負傷無し。だが、一手でも読み違えれば私は負けていただろう。
それにいくら結界があるとはいえ殿下に傷を負わせるわけにもいかなかったし、そういう意味では非常にやりにくい模擬戦だった。
「
パチパチと拍手をしながらランバート先生が私にそれを求めた。
分かりやすいように…か。
「まずは全体的な総評として、非常にやりにくかったですね。
初手の【閃光】、術式が非常に短く即時展開ができる簡単な魔法ですがああいった使い方は有効であるといえます。魔力感知ができる相手に対しても、これくらいの魔力反応ならごり押しできる、と思わせて油断を誘えますしね。私もまんまと引っかかりましたし。一般的な賊ならこの時点で狼狽えて捕縛可能とも言っておきましょうか。
次に【昏き闇の底】と【美しき人魚の剛き声】。これも非常に有効な手でしたね。【昏き闇の底】は普通にかければレジストされますが、既に視覚を奪っている場合成功率が格段に上昇しますし、永続で視覚を封じるというのは戦闘時におけるストレスにもなります。【美しき人魚の剛き声】と共に使えば並みの戦士でも戦闘を継続させるのは厳しいでしょう。術式展開をする時間が長いのが欠点とも言えますが、殿下は盾で見事にその時間を稼ぎました。その手腕は見事と言えましょう。
最後の魔力で作ったデコイも見事でした。魔力感知ができる相手にはこれも有効な一手ですね。私は気配が読めるので通じませんでしたが。殿下がこのことに気付いて防戦に徹していれば結果は変わっていたでしょう。
と、こんなものでしょうか」
私のその総評に魔法科の生徒の一部は少し複雑な顔をしている。
「では、お聞きしたいのですが」
そこで挙手をしたのは長い金髪の如何にもデキる風の男だった。
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