魔法の可能性
あの後、シーザー先生に「魔法科の授業もそろそろ始まるから早くいってらっしゃい」と背を押されて軍人科の教練から押し出されてしまった。
とぼとぼと魔法科棟まで歩いていき、魔法科の屋外訓練場が見えたところで、少しの気まずさを感じる。
これはあれだ、高校の時にあった知らないクラスとの合同授業に遅刻してしまったときの教室への入りずらさと一緒だ。
えぇい、なんでこんなことにビビってるんだ。
「お、お邪魔しま~す」
そろりと屋外訓練場に入りながらそう挨拶すると、生徒の前に立っていた教師と思わしき人が、ぐりんと頭をこちらに向けた。
あれ、この人は。
「やぁやぁやぁやぁ!よく来たね!シーザー先生から聞いていたけど本当によく来たねぇ!ほらこっちこっち!」
その教師はビュンッ!という擬音が似合いそうなくらいの速さでこちらに来て、手を掴んでぐいぐいと私を引っ張っていく。
あれぇ、この人こんなに強引な人だったけなぁ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか他の生徒達の前に立たされていた。
「あのぉ…ランバート先生、そちらの方はもしかして…」
目の前の生徒の1人が困惑顔でそう尋ねた。
あぁ、この人は見たことがあるな。確か子爵家の長男だったような。
「軍人科のミレイ・アーレンベルクさん。今週の実技の授業はこの子も一緒だからね!」
「えぇと、ミレイ・アーレンベルクです。顔見知りも何人かいますがよろしくお願いします。」
「はいみんな拍手!」
ランバート先生のその声の後に疎らに拍手の音。その中に「なんで軍人科の人が?」とか「アーレンベルクって」とか聞こえてくる。エルフの耳はいいんだぞぉ。
そして何人かいるエルフの人、そんな敬愛に満ちた目で見てこないで。
「ミレイちゃん、私の自己紹介は必要ないと思うけど一応ね。リラ・ランバート、よろしくね?」
「…ランバート先生は猫被りだったわけですか」
「にゃはは!公式な場では、だけどね!」
リラ・ランバート。王国魔導師団第一軍団長。二つ名は『獄炎』。
王国が始まって以来、類を見ない魔法の天才であり、齢27にして軍団長の地位を与る女傑。
建国祭の記念パーティーで会った時は清楚な美人だと思っていたのにこのギャップだよ。
「さてさて!サプライズもあったけど実技授業やっていこうか!」
私は生徒の集団に戻るが、うん、なんとも浮くなぁ。
魔法科の制服は煌びやかな白、それに対して軍人科の制服は黒の軍服だからなぁ。
「昨日は簡単な魔法講義だけで終わっちゃたからなぁ。よし!今日はこれにしよう!」
ランバート先生が指をパチンと鳴らすと、どこからともなくマネキンが現れた。
魔法にはあまり詳しくないので詳しくなにをしたのかは分からないが、恐らく空間魔法か?
「今日はこの『魔導マネキン』をそれぞれにぶっ壊してもらおうかな!【修復】の付与がしてあるから思いっきりやってね!壊せた人は他にもいろいろな方法でやってみよう!じゃ、始め~!」
その言葉と共に各自散開して『魔導マネキン』に向けて魔法を放っていく。
ふむふむ、破壊できている生徒が込めている魔力量的にこれくらいか?
「絶て【飛刃】」
術式を展開して詠唱、居合を行うとそれと共に風の刃が飛んでいき『魔導マネキン』を両断した。
「にゃにゃっ、ミレイちゃんは面白い魔法を使うね~」
近くでそれを見ていたランバート先生がこちらに寄ってきた。
「ベースは風魔法の【風刃】かな?速度設定式を剣の振りに、放出設定式を剣に依存させることで術式を省略して展開速度を限界まで上げている訳ね。ふむふむ、こんな感じかな?」
ランバート先生は手に持っている長杖を徐に振るうと、風の刃が飛んで行った。『魔導マネキン』は私のように両断こそしなかったが胴に大きな傷を残している。
「ありゃりゃ、やっぱり駄目だったか。速度設定式を杖の振りに依存したから私くらいの振りの速さじゃ遅くて威力が出ないねぇ。ミレイちゃんくらい速く振らないと使えない魔法だね」
ああ、そうだ。この人は”天才”なんだった。
一度見ただけで術式を理解して模倣どころか改変までして無詠唱で放つなんて。
「で、ミレイちゃんは他に何か面白そうな魔法は持ってないのかにゃ?」
「いえ…私が持ってる放出系魔法はこれくらいでして」
「んにゃ?私と同じくらいの魔力量を持ってるのにもったいないねぇ」
「私もそれは思ってますよ…。ですが、私はどうも放出系が苦手でして」
そう、私は魔導士の花形ともいえる放出系の攻撃魔法が苦手なのだ。
魔法とはイメージである。術式を組み上げるときにどんな魔法を発動したいかの明確なイメージが無いと魔法は完成しない。
この世界のヒトたちは魔法という存在が”当たり前”だが、前世の記憶がある私には魔法はどうにも”超常的なもの”としか認識できなかった。
母に魔法を教えてもらったころからずっとそうだ。なんとか【身体強化】などの自分の身体に作用する魔法ならイメージしやすいことに気付いてからはそればかりを鍛えてきた。
そのおかげで【思考加速】なんかのオリジナル魔法を編み出すこともできたのだが。
「むむっ、放出系が苦手かぁ。まぁ、時折そういう子もいるんだよねぇ…。イメージしにくいって感じかにゃ?」
「そうですね…、母に教えてもらったころからそうでして」
「ふむぅ。なら放出系は無理に使わなくてもいいんじゃないかにゃ?」
ん?どういうことだろうか。
放出系と言えば攻撃魔法。攻撃魔法と言えば放出系。そう言えるほどに敵を倒すなら放出系が一番有効なのだ。
シーザー先生の意図はおそらく、私の「選択肢」を増やすこと。それならなんとかして放出系のひとつやふたつくらい覚えて帰るべきだと思うのだが。
「ミレイちゃんは頭が固いにゃぁ」
うんうんと悩んでいるとランバート先生は気軽な声でそう言った。
確かに前世のジジイにも同じようなことは言われたことがあるが。
「ミレイちゃんはあのガウェイン・シーザーに傷を付けられるくらいに強い。【身体強化】なんかは使っていると思うけど剣の腕だけでね。だったらその道を極めればいい、魔法は精々そのサポートくらいに考えるといい。
ミレイちゃんには剣がある、魔法を極める必要性なんてないのさ。シーザー先生もそんなつもりじゃないだろうしね。でも、私のもとに送り出した。じゃあミレイちゃんが考えるべきは可能性だよ。剣だけでも倒せる敵、だけど少し苦労する。そんな時には魔法さ!魔法はいいよ!いろんな魔法がある!多様化だよミレイちゃん。なにも敵を倒す方法はひとつじゃないのさ。もっと楽をしようぜ?楽に、ちゃちゃっと。そうすればできることは増えるのさ!
さぁ、頭の固い固いミレイちゃん。君が覚えるべき魔法は何かにゃ?」
私は目が点になった。
ああ、この人も同じ、シーザー先生と同じだ。
意地が悪すぎる。
「例えば…拘束系魔法とかでしょうか」
「
「ええ」
緑魔法、それはエルフだけが使える固有魔法だ。植物の生命力なんかを増幅し、操ることができるような魔法だ。私が使う【生命増強】もこの緑魔法の応用だ。
「あれはエルフだけの専売特許じゃないのさ。蠢け【樹縛】!」
「え」
ランバート先生が術式を展開すると、『魔導マネキン』の足元から根が生えてそれが蠢き締め上げていく。
それはギチギチと『魔導マネキン』を締め上げ、ついには粉々に破壊するに至った。
「緑魔法、それがエルフだけに使えるのは魔力の質に影響していると考えられている。だから私は自分の魔力の質をエルフのものに近づけたのさ。そうすれば緑魔法だって行使できるようになる。
ああ、今はそんなことどうでもいっか。緑魔法中級の【樹縛】だって極めればこんな威力になる。普通に使っても足止めくらいにはなる。そこをその剣で首ちょんぱ、ってね。どうだい?少しは楽ができそうな感じがするだろう?」
確かにそうだ。私は刀一本ですべてを切り伏せる気でいた。だが、こうすれば楽できる。
楽とはつまり余裕だ。余裕ができれば視野が広がる。
確かに私の視野はまだまだ狭かったようだ。前世から含めて42年。こんなことにすらも気付かなかったとは。
「そうですね…。私は楽をする、ということに刀を振るうだけでは気付けなかったようです」
「にゃは。なら今週はみっちり鍛えてあげるにゃよ。でもミレイちゃん、楽していこうぜ?」
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