反省会


 朝、学生寮の自室のベッドで目を覚ました。

 王立学園は全寮制だ。向かいのベッドではカミラが猫のように丸くなってスヤスヤと気持ちよさそうに寝ている。


 まだ陽も昇らない朝早く、寝ているカミラを起こさないように服を着替えて軍人科の屋内訓練場に足を運ぶ。

 朝早いためか、それとも朝から身体を動かそうと思う生徒がいないのかは分からないが、訓練場には無人だ。


 愛刀は部屋に置いてきている。まずは、実家から持ってきた代わりの木刀で素振りをする。

 額が汗で湿るくらい振るったあとは魔法だ。と言っても使うのは専ら【身体強化】だけであるが。

 木刀を振り軽く動きながら、どんどんと【身体強化】の強度を上げていく。屋内訓練場を飛び回り、駆けながら一心不乱に木刀を振るう。

 【身体強化】の強度が9割を超えたところで全身の骨と筋肉がギシギシと軋み始めるが、その痛みを無視してさらに強度を上げる。

 そして、強度が最高の10割に達したところで痛みが集中を超えて、維持していた【身体強化】がフッと解けて身体能力のギャップに耐えられず勢いよく地面に転がってしまった。


「あぁ~~~~~…」


 頭から地面に転がったせいか、鼻が折れて鼻血がボタボタと垂れる。よくあることなので【生命増強】をかけて曲がった鼻の骨を痛みに耐えて手で治す。

 1分を放っておけば治るから次は仮想敵戦でもするかと、いくら折っても慣れない痛みの感覚を頭の隅に追いやって立ち上がったところで屋内訓練場の入り口に気配を感じた。


「朝早くから気配を感じると来てみれば…ミレイ嬢だったか」


 現れたのは今から仮想敵にするはずであったシーザー先生だった。

 ああ、そういえばこの学園は教員の殆どが学園内に住んでいるのだったな。一部例外は外に家庭を持っている教員くらい。


「相変わらず無茶な訓練をする」


 先生は鼻血で汚れた私の顔を見ながら、少し渋い顔をしてそう言った。


「無茶と言われても…。私にとってはこれが普通ですので」


「ああ、そうだったな」


 1年程前に「よかったらどんな訓練をしているか見せてくれないか」と言われて、見せた時も同じような台詞を言われたのを憶えている。

 前世の私は自ら血で汚れるような訓練をするような人間ではなかったが、この身体になってからは前世で考えれば人間離れした動きができるのが楽しくて、そして思いほか身体のスペックが高いのでこんな訓練をしている。


「先生、折角来たなら相手してください」


「ああ、いいぞ。私も朝は身体を動かしたい派でね」


 朝早く、唐突に始まった模擬戦。昨日は趣向を変えたが慣れない戦い方をしたので全力を出す暇も無かったが、今は違う。

 本気の【身体強化】、さらにはオリジナルで編み出した【思考加速】なんかも発動して木刀を振るったが、先生は終始遊び感覚で、時にはまだ眠そうに欠伸をしながら木剣を振るい、腕を掴み、蹴り、私を8回ほど転がした。

 そして、陽も昇り「もう1本!」と意気込んだところで大きな鐘の音が鳴った。


「起床の鐘だ。続きはまた今度だな」


「ありがとうございました」


「ああ、こちらこそいい運動になった。シャワーを浴びてしっかりと朝食を食べてきなさい」


「はい。では、失礼します」


 ケッ、左足は一歩も動かさなかったくせにいい運動とか言われてもね。



***



 寮の自室に帰ってから、あのデカい鐘の音でも起きていなかったカミラを叩き起こして、食堂で朝食を食べて教室に向かい午前中の座学を受ける。

 この座学の授業だが、私には基本的には退屈なものである。

 授業内容に関しては算学、歴史、礼節などが主である。これでも一応は公爵令嬢である。そこら辺の教養は幼い頃から叩き込まれている。唯一、礼節に関しては軍人が使うものなので一般的な貴族令嬢のものとは別なのだが、これも軍人を目指すと父に話した時から、恥ずかしくないようにと教えられている。

 この授業内容は平民の生徒向けのものだ。入学試験でも筆記試験は行うが、実技の得点配分がほとんどだ。筆記試験も一般常識ができていれば問題がない。

 どうやら、そこら辺は入学した後からでもとのことらしい。さっき算学の先生が言ってた。


 そんな退屈な時間も終わって、学園の食堂でカミラと昼食を食べて、待ち望んだ午後の教練の時間だ。

 なんだかんだと心の内で悪口を叩いているがシーザー先生は軍人としては最高位、傑物と呼ばれるような人だ。そんな人から3年間も教えを請えるので私もわくわくしていた。

 クラスメイト達と集まったのは昨日と同じくだだっ広い屋外訓練場。


「さて諸君。今日から本格的な教練を始めるわけだがその前に、昨日の模擬戦についての反省を一人一人にしてもらおうか」


 教練という名の授業が始まるとともにシーザー先生はそう言った。成程、反省か。それなら昨日の晩にベッドの中で腐るほどしたな。


「それぞれアドバイスはしたはずだ。反省は大事だ、特に学生である今のうちはな。君たちは学生であるがもう既に立派な一軍人だ。戦いになればその反省すらもできないうちに命を失うことだってざらだ。安全が保障されているうちにできることはしておいた方がいい。さて、諸君等が内容を考えている間に、ミレイ嬢に語ってもらおうか」


 ああ、はい。私ならできていて当然といわんばかりに白羽の矢が立ちましたね。


「はい、まずは最後の捨て身の攻撃に関してですね。先生は私が【身体硬化】をする前提で蹴っていました。先生が蹴りの威力を弱めなければ下手をすれば致命傷になっていてもおかしくなかった。」


「そうだな」


「あれに関しては勝手に身体が動いた結果なので言い訳はしません。死んでいてもおかしくなかった攻撃に対して、こちらは先生の足首を切っただけ。そもそも捨て身の攻撃というのがダメでしたね、あまり褒められたものではない。リスクリターンが見合わない以前にそもそも戦いの流れの組み立てが下手でした、慣れないことはあまりするべきではありませんでした。」


「私に傷をつければ勝ちという勝利条件に甘えていたな」


「そうですね、私もそれが頭の中で前提になっていたと思います。もっと殺すつもりで立ち回るべきでした。」


「では、具体的にどう立ち回るべきだった?」


「最初から【身体強化】全開の高速戦闘に持ち込むべきでした。執拗に弱点を狙って木剣で受けようとしたところで全力で武器破壊をするべきでしたね。そのあとは…正直そうなってみないと分かりません」


「ふむ、上出来だな。では今後の対策を聞かせてくれ」


「もしあのような状態になった場合でも対応できるように術式展開速度を上げることと、並列思考を鍛えることでしょうか」


「模範的回答、だが完璧だな」


 そう先生が言い切ると、クラスメイト達から感嘆の声が上がる。

 私としては昨日の反省から考えていた内容を話しただけなので、少し照れてしまうな。


「ああ、諸君はここまで完璧に答えなくてもいい。各々が思うところを話してくれるだけでいい」


 そうして先生が一人一人に問いかけをしていき反省会が始まる。こういったことはあまりないのか、それぞれが拙いながらもしっかりと自分の考えを述べていく。

 そして先生が総評をして、集団戦の時の心得を簡単に話す。私からすれば父がさんざん私に語ってくれた内容なので半分聞き流していたが。


「よし、反省会も終わったところで身体を動かしていこうか。昨日の模擬戦をもとに個別にカリキュラムを組んでいるのでな。と、その前に」


 へぇ、昨日の今日で個別にカリキュラムを組んだのかと感心していたら、先生がこちらに視線を向けた。なんだか嫌な予感がするぞ。


「ミレイ嬢、正直に言おう。」


「はい?」


「これから始める教練は君にとっては物足りない、ぬるま湯につかっているようなものだ。」


 ん?意味が分からないぞ。個別にカリキュラムを組んできたが最初は全体で何かをするのか?


「君の訓練は異常だ。3年生どころか国軍の精鋭たちがやるようなものだ」


 うん、父からも未成年の子供がするようなものじゃないとは言われてきたが、まさかそれほどとは。


「そして実力も異常だ。どこに私と1対1タイマンで傷を付けられる学生がいるというのだ?国軍の人間でもそうはいないぞ」


「え、マジで?」


「マジ、だ」


 思わず素が出てしまったが、周りの比較対象が父とシーザー先生くらいしかいないから実感が湧かなさすぎる。

 そして立て続けに先生が言葉を続ける。


「君は実力的には指導される側よりする側の人間だ、今すぐにでも2・3年生の指導をしてきてほしいくらいだ。だが君もこの学園の生徒だ、そして若い。なので私は君に可能性を広げさせることにした」


 おっとぉ、先生の口角が上がったぞ。本格的に不穏な空気が。


「今週は軍人科の教練に出なくていい。その代わり『魔法科』の実技授業に出てきなさい。なに話はつけてあるさ」





 

「は?」

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