死合い


 正直な話、シーザー先生に勝てる見込みは無い。『少しの傷をつけるだけ』という明確な勝利条件があるのにだ。それほどにこの人は強い。

 前回の死合いから凡そ1年、私も少しばかり成長したと信じたいが、この人を前にするとその少しばかりの自信すらもへし折られる気がする。

 さて、そんな恐ろしく強い先生との死合いはいつも私が先手を譲ってもらうところから始まる。今日はどう攻めようか。


「では、参ります」


「ああ…ん?」


 私は殺気どころか打ち気すらも見せずに悠然と、無謀にも刀の柄に手すらも置かずにゆっくりと先生に向かって歩を進める。

 いつもなら殺気の裏に打ち気を隠して先手を打っていたのだが、先生にはそれすらも通じない。どういう理屈か知らないが反応される、対人戦においてはこれが一番有効だと前世の師匠も言っていたのに。

 それならと、いっそのこと殺気も打ち気も見せないことにした。手の内が分かっている先生相手だからこそできる技である。

 先手は譲ってもらっているので先生から打ち込んでくることもない。これはズルいと自分でも思っているが、こうでもしないと勝てるビジョンが見えないのだ。

 

 お互いの間合いに入ってもさらに歩を進める。そして彼我の距離が1mを切ったところで、前世から磨いてきた抜刀を見舞う。


「フッ!」


「惜しい」


 が、さらりと音も立てずに木剣で流される。予想はできていた、だが、驚いた反応すらも見せずになんてことない顔で流されるのは悔しいが、その悔しむ暇すらも惜しい。

 更に、返す刀で切りつけようとするがこれも流される。

 本当に、”嫌な剣”だ。ただ剣筋に添って流すだけじゃない。嫌なタイミング、嫌な角度、嫌な力で流される。この人の受けは体幹を崩す受けなのだ。相手に次の剣を打たせない、そういう風に流してくる。

 受けの一種の理想形と言ってもいい。受けきるのではなく、体勢を崩して自分の攻めで断ち切る。私が目指すべき極地を先生は体現している。


 受け流された。ということは…そらきた!攻めの手!

 避けられるかどうかの速度で振り下ろされた木剣をギリギリで避けて、そして返しの切り上げに合わせて刀を振るう。


「ここ!」


 鋭い切り下げは木剣を切り飛ばすかのように見えたが、予想に反して甲高い金属音が訓練場に響いた。


「チィ!」


「危ない危ない、最初から武器狙いだったとは」


 そんな言葉を全く焦っていない顔で言われても納得できないのだが。

 先生は私の狙いが木剣だったのに気付いて咄嗟に木剣に実戦ではほとんど使われないマイナー魔法【武具硬化】をかけた。無詠唱とはいえ相変わらずとてつもない術式展開速度だ。


「力比べがご所望かい?」


 予想外の鍔迫り合いになったが、先生に力比べで勝てるわけがない。全力ではないにしろそれなりの強度の【身体強化】をかけているのに、この人はそれを素の膂力で上回ってくる。小さい時分から鍛えた魔法を間違えたかなと泣きそうになるがそれどころではない。

 なんとか鍔迫り合いから流しの形に持っていけたところで、ふと刀にかかっていた力が抜けた。

 「あ、ヤバい」なんて思ったのも束の間、視界の隅にブレた脚が映った瞬間に私の身体はぶっ飛んで、訓練場の外壁に打ち付けられた。


「ふむ…」


 だが、間一髪間に合った。間に合ったというよりかは勝手に身体が動いたといった方が的確か。


「これは負けだな」


 そう言った先生の右足の足首が深く切り裂かれていた。

 蹴りが来ると分かった時に、【身体硬化】で身を固めることもできたが、思考よりも先に身体が動いていた。

 捨て身の攻撃は褒められたものではないし、自分自身もまさかとは思ったが、自分の肋骨数本と引き換えに勝つことができたのならいいだろうと感じていた。


「「「わぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」


 シーザー先生の負け宣言に観戦していた生徒達の歓声があがる。

 今日の死合いにはギャラリーがいたのだった、完全に忘れていた。ああ、そういえば。


「シーザー先生。そう言えば少しでも傷をつければ晩飯を奢るだとかなんとか」


「えっ、あれはミレイ嬢のはノーカウントだろう」


「いやいや、私との模擬戦だけ特別扱いは困りますよ。ね、皆さん?」


 そこで、クラスメイトに目を向けるとみんなそろって期待に満ちた目をしていた。     これは勝ったな。


「ぐぬぅ…仕方がないか」


 先生の2度目の敗北宣言にクラスメイト達は一層沸き立ったのだった。



***



 あの後、教室に戻って注意事項やら明日からの予定なんかを聞かされた後、シーザー先生が良く行くという居酒屋の2階の宴会スペースを貸し切って懇親会という流れになった。もちろん先生の奢りである。


 え?怪我?肋骨折れてただろって?そんなの【生命増強】で放っておけば1分くらいで治りますよ。

 先生の方は…ほら、『不老不死』なんて二つ名の時点でね、お察しですよ。マジで不老不死なんですよあの人、生ける伝説ですよ。500からは歳を数えるのを止めたって言ってる時点でもうね。ハイエルフの私も1000年くらい寿命があるらしいんだけどね。


 さて、軍人科の懇親会をやっているわけだが、男衆は酒も入っていないのに既に仲良くなってどんちゃん騒ぎである。

 私と言えば一応先生の左隣でちびちびと酒は飲めないながらもやっている。そして右隣には軍人科では貴重なもう1人の女の子。

 そう、軍人科は女子に人気が無いのだ。基本的に教練はキツく、泥臭く、怪我なんて日常茶飯事。怪我なんてよっぽど深くなければ【回復魔法】で治してもらえない。

 王国軍の女の割合は一割にも満たない。そんな軍人科で女子1人にならなかっただけでマシだろう。


「ねぇ、ミレイ…さん?」


「ん?ああ、ミレイ・アーレンベルクだ。敬語はいらないよ、同い年だろう?」


「えっと…カミラ・ブロン」


 170cmを超える私と比べてかなり小柄なドワーフ族の明るいブラウン髪の少女。模擬戦で私が褒めたうちの1人だ。愚直と言えるほどに真っ直ぐな戦いっぷりだったがその体格に見合わない大剣捌きは豪快だった。


「ブロン姓でドワーフ、ということはもしかして?」


「そう。父さんは鍛冶師」


 ブロン姓のドワーフには聞き覚えがあったので聞いてみれば案の定だった。

 アーノルド・ブロン。王都に店を構える鍛冶師だ。ドワーフらしく頑固で気に入った客しか取らないという悪癖はあるものの、その腕は超一流。かくいう私も何度かお世話になっている。


「アーノルドさんの娘さんだったか」


「父さんと面識が?」


「ああ、私のこの刀を打ってもらってね。今も1本注文しているところだ」


「へぇ、貴族の嬢ちゃんが変わり種の武器をまた注文したとか言っていたけどミレイのことだったの」


 変わり種…まぁ、そうか。私の手に馴染む武器といえばこの世界では東方にしか存在しない武器だ。その東方で修行をしたことがあり、刀を打ったことがあるという鍛冶師がアーノルドさんしかいなかったのだ。

 自ずと、私の武器の注文やメンテナンスもアーノルドさんしかできないことになる。

 それよりも、12歳の時に父に店に連れて行ってもらったときにかなり気に入られてしまった、というのもあるのだが。


「まぁね…。それよりもカミラはなんで軍人科に?」


 高名な鍛冶師の娘が、というのもあるが今日の模擬戦を見る限りあれは”かなりやれる”動きだった。対人戦は慣れていなさそうだったが、それでも他のものよりも明らかに実戦経験を積んだ者の動きであった。


「父さんや兄さんほど鍛冶の才が無いから。父さんの素材調達についていってたしそれなりにできる自信はあった。それに、身体を動かすのは好き。」


「成程ね」


 アーノルドさんは鍛冶で使う素材を自分の足で取りに行く変わった人だ。その素材には”魔物”の素材なんかも含まれる。なのでアーノルドさんは下手な軍人よりも強かったりする。

 それに付いていってるということは、自分の手である程度の魔物は狩ってきたということか。


「ミレイは?公爵家の令嬢、それもハイエルフが軍人科なんて」


 自分が聞かれたから次は私の番ということなのだろう。

 確かに普通の公爵令嬢なんかが軍人科なんぞに入ろうものならふざけていると言われても仕方がない。だが、私は今生でも剣の道に生きると決めたのだ。

 それに…ハイエルフか。これはかなり両親の事情が絡んでくる。エルフという種族は基本的に武よりも魔法に秀でている。それは人間とは比較にならない魔力量を有しているためだ。なので、学園に入るエルフの殆どは魔法科に入る。

 私はハイエルフ。人間の父の血が混じってはいるものの、そんじゃそこらのエルフとは段違いの魔力を持っている。

 だが、私は幼い頃から武にしか興味が無かった。魔法も武に役立ちそうなものしか鍛えてこなかったのだ。

 そして両親だ。ハイエルフなんて種族は基本的にエルフの国にしかいない。というかハイエルフというのはエルフの国の王族の血筋にしか存在しない。そんな血筋が外に出るなんぞ滅多にないのだ。なのでヴァルデック王国にハイエルフは母と私しか存在しない。

 昔、友好国のエルフの国に遠征に向かった父に一目惚れして無理矢理嫁いだ母が異常なのだ。私は悪くない。そう、私は悪くないのだ。


「軍人の父に憧れた…のと…」


「夢のため、だろう?」


 言おうとしたことを左隣から遮られた。ほんとにこの人は。

 それに酒臭い。その冷えたエールを寄越してほしい。ああ、酒が飲めるようになる18が待ち遠しい。


「夢?」


「ああそうだカミラ君、ミレイ嬢にはそれはもう壮大な夢がある。なぁ、そうだろう?」


 なんで私の夢の話になると煽るような、それでいて面白おかしそうな声色をするのだろうか。

 初めて私の夢をした11歳の時もそうだ。この人は笑い転げた後に「いいんじゃないか」と口角をあげて言い放った。長い人生経験があるからこそ面白可笑しくて仕方がないのだろう。


「私の夢はーーーーーーーーーーーーー」


 それを聞いたカミラは今までの無表情な顔から打って変わってその可愛らしい眼を大きく開いた。


「それはなんとも”上位種族”らしくないけど…いいんじゃない?」


 そのあとにそう言った。

 そう、私の夢はエルフの上位種族であるハイエルフらしくない生き方だ。だがこれは前世からの夢。


 今生こそは叶えてやるという再度の決意は賑やかな懇親会という名の宴会の賑やかな声に掻き消されたのだった。

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