新入生歓迎会-4
コカトリスの顔面を掌底でぶっ飛ばした私は明らかな違和感に苛まれていた。
【破掌】は【
例えるなら、【
だが、明らかに手ごたえが無かった。並の魔物なら脳震盪で白目を剝く威力なのだが、脳にダメージを与えるどころか、衝撃が骨という芯で止まったような感触だった。
私がコカトリスについて知っている情報というのはさほど多くない。毒、麻痺、石化の邪眼術が使えるということくらいだ。
なので道中、軍曹殿に情報を補完してもらった。
曰く、コカトリスは骨が異様に硬く、さらには再生能力を有しているということだ。
これにより、刃物で傷つける戦闘方法は向かない。魔法で切った側から肉を焼いて再生を止めたり、協力な一撃で致命傷を負わせるという戦闘方法が取られるようだ。
だが、今この場には明らかに人が足りない。
私は、正面に立って壁役、軍曹殿はそのサポートと隙ができたら邪眼封じの目つぶし、カラ先輩は対状態異常付与の維持、エレオノーラは負傷人の救護。
救援信号弾は既に打ち上げた。なら、やることは1つ。コカトリスの討伐ではなく時間稼ぎだ。
「ゴゲェ…」
「よう鶏野郎。遅起きなこって」
ぶっ飛ばしたコカトリスがよろよろと立ち上がった。多少は効いているか…?
だが、顔面にできた凹みがモリモリと再生していく様はなんだか気持ち悪いな。
「ゴゲェェェェェェ!!!」
今回はなるべく『雪雀』は抜かない。メインは格闘戦。
ヘイトをなるべくこちらに向けて隙を作る。それが役目だ。
コカトリスは準1級の魔物、油断は無し。初っ端から全力だ。
【身体強化】は身体が保つギリギリの9割5分、【思考加速】も発動する。
初手はコカトリスの邪眼術。妖しくコカトリスの眼が紫色に光る。
だが、こちらの対状態異常付与はカラ先輩のおかげで完璧だ。
そう考えていると、背筋に薄ら寒い風が這った。いや、実際に這ったわけではない、そう感じただけである。
それに嫌な気配を感じた私は、ほぼ直感でその場から飛び退いた。
数瞬後、私が立っていた地面が音も立てずに抉れた。
それを見ていた私と軍曹殿は目を見開いて驚愕した。
「軍曹殿!邪眼は毒麻痺石化だけじゃないんですか!?」
「これは俺も知らん!可能性があるならこいつが特異個体ということだ!」
ハハハ、マジで言ってます?
コカトリスとの初戦闘で相手は特異個体?冗談は止してくれ。
毒・麻痺・石化だけでもめんどくさいのに、未知の邪眼まで使ってくるって。
「ああ、クソ!仮称・衝撃の邪眼!状態異常対策はカラ先輩がやってくれてるのでそれだけ気を付けてくださいね!」
「分かってるがどうやって対策するんだ!」
「勘しかないでしょう!」
「それもそうだな!」
荒い口調で軍曹殿と短く対策を講じる。対策というほどのモノでもないが。
戦闘において相手の情報というのは強いアドバンテージになる。だが、情報が1つ増えるだけで酷く混乱するものだ。
この戦闘において、対策していた邪眼のことを考えなければならないというのは少なくとも、動きを鈍らせるに値するものであった。
「ゴゲェェェェェェ!」
衝撃の邪眼を避けた私にイラついたのか、コカトリスがダッシュで距離を詰めてその凡そ鶏の物とは思えない鋭い足で踏みつぶそうとしてきた。
巨体に見合わずフットワークは軽快である。
「【流水】」
その足に手の甲を添えて軽く流した。
神前流組討術【流水】。本来は無手で相手の切り下ろしの刀を流す際に使う技である。
私の持っている格闘術はほとんどの技が対人間を想定している。それを無理矢理使っているのだ。今生でもこの技達は人間相手にしか使用したことがない。
これがどこまで獣相手、それもコカトリス相手にどこまで通じるかは未知数である。
まぁ、危なくなればすぐにでも『雪雀』を抜く所存だ。だが、耐えるという一転においては格闘戦の方に分がある。
「【破掌・荒鉤爪】」
足を流し、体勢を崩したコカトリスの鶏胸に熱い一撃をお見舞いする。
衝撃が鋭く末端まで響く、【破掌】の型の1つだ。
もしコカトリスの胴体が鶏と同じ骨格をしているならその衝撃は臓腑を駆け抜けるはずだ。
それを隙と見た軍曹殿がコカトリスに追撃をかける。
だが。
「軍曹殿!」
「なっ!」
短剣を持って目を狙おうと跳躍した瞬間を狙って、コカトリスは衝撃の邪眼で軍曹殿を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた軍曹殿は木に激突したが無事なようだ。だが、防御したとはいえ暫くは動けそうにないか。
こいつ、思ったより賢い。見た目鶏の癖に。
そして、思ったよりもダメージはなさそうだ。ダメージを受けていない、というよりもタフといった感じであるが。
「ゴゲェェェ!!!」
「うっるさ…」
コカトリスが吠える。
そして、私に向けるその眼は苛立ちを隠そうともしない鋭いものであった。
ジリジリとその身に感じる、鋭い殺気。
「吠えてばっかじゃなくて、さっさと来いよ鶏野郎」
「ゴゲェ!」
くいくいと手招きして挑発すると、意図は分かってないだろうがコカトリスが吶喊してくる。
先ほどと違って邪眼術は無し。やはり頭がいい。
恐らく、状態異常の邪眼を用いないのはカラ先輩にかけてもらっている対状態異常付与を察しているからだろう。
それに、衝撃の邪眼も通じないと分かっている。
なら、起こるのは純粋な肉弾戦。
先手はコカトリスの前蹴り。
巨体、鋭い鉤爪、速い。
受け、避けは不可能。なら、回すか。
鋭い鉤爪が当たる刹那、指の1本を掴んで、一瞬だけ【身体強化】の強度を全開にして力任せにぶん回し投げた。
力任せではあるがベクトルはそのままである。
だが、その巨体の重量を回し投げるためとはいえ、一瞬の全開の【身体強化】のせいで全身の骨肉から悲鳴が上がる。
その悲鳴のせいで【思考加速】が解けた瞬間、目の前に蛇の尾が迫っていた。コカトリスの尾部分である。
【思考加速】は解けたはずなのに、私の脳はまるで自分だけ時間が引き延ばされたようにフル回転していた。
避け、無理。受け、無理。外す、無理。【身体硬化】をかけている時間は無い。当たれば直後の戦線復帰は不可能。そうなれば軍曹殿も動けない今、壊滅必至。どうする、考えろ考えろ考えろ。
ミレイ・アーレンベルクとしての、そして、前世の
その動作にミレイの思考は干渉していない。ただ、今までの積み重ねが身体を動かしていた。
経験の積み重ねが身体を思考という枷から解き放ち動かす、『無我の境地』と呼ばれるものである。
それの存在にミレイ自身は今は気付いていないが、窮地に立たされた今、ミレイの身体を動かしていたのは、確かな経験の積み重ねであった。
取った行動は、抜刀でも、【身体硬化】でも、体術でもなかった。
魔法。脳裏に浮かぶのは母の顔。
母に教えてもらったものだった。術式も短く、簡単に無詠唱で発動できる魔法。
その魔法は母の秘伝であった。母が編み出したオリジナル魔法。
「もし、どうしてもダメなときはこれを使いなさい。必ず、いつか、貴女を助けてくれるわ」
ミレイはその魔法を教えてもらったとき、この魔法を使うことはないだろうと高を括っていた。
だが、奇しくも母の言葉通りになってしまった。
「…まさかこれを使うなんてね」
その魔法の名は【
だが、その全てを止められた壁は全てを阻む絶対的な盾となる。
術式は『範囲指定』『全て 留まれ』の2文のみ。だが、その短さに似合わず馬鹿げた量の魔力を消費する。
そして、地に転がるコカトリスとカラ・カラの両名は魔物とヒトと根本的な種が違いながらも同じであった。
馬鹿げた魔力反応があったと思ったら、蛇の尾が突然止まった。
何が起こったのかは分からない、だが、明らかに魔法の仕業。だけれども、どんな魔法かは状況から説明がつかない。
そんな困惑を余所にミレイは笑っていた。
「ずっと、つまらないと思ってたんだよ」
それは、軍曹殿から作戦を聞いたときから胸の奥底に秘めていた感情であった。
理論は分かる、それが最善手だっていうのも
私達の役目は時間稼ぎだと。コカトリスなんて今のメンバーじゃ倒せっこないと。
だが、窮地に立たされて、【
私はそんなつまらないことは許容できない、と。
目の前には倒せるかどうか分からない強敵。なら、挑むしかないだろう。
勝てようが勝てまいが関係ない。私は目の前の敵を屠るために刀を振るうのだ。
「さて、第2ラウンドといこうか」
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