第41話 二章 エピローグ




 ガルシア王の投降命令によって、獣人国の兵士達は武装解除し、フリーデ合衆国の軍門に降った。やはり兵士達も嫌々従っていたのだろう。フリーデ合衆国になる事で起きる変化を説明を受けても、意を唱える者は一人もいなかった。


 王都に住む住人達は、フリーデ合衆国へと移り住む商人達から予め情報を得ていたからか、国が変わると兵士達から聞いても大きな騒動になる事はなかった。



 そして、翌日の昼下がり。フリーデ合衆国に併合する宣言を行った。国民からのラスカルに対する不満は相当なものだったらしく、ガルシア王の凱旋は大変喜ばれたのだった。


 この戦いで死んでいったラスカルは、一部の国民から"悪虐王ラスカル"と呼ばれ、その遺族達を処刑するべきだとの声が上がったが、ガルシア王はこれを一蹴し、『全ての罪はラスカルとグラマスが天へと持って行った。だからここにはもう罪は無い。残された遺族も俺にとっては大切な国民だ。俺はもう、大切な国民を失いたくないのだ』と発言した事で、より一層国民からの信頼を厚くした。

 この一件によりガルシア王は、"敬愛の王"と呼ばれる事となる。国民達から慕われる姿を見て、なんだか俺も誇らしくなった。



 一方でこの戦いによって、しこたま怒られる事になった者がいた。言うまでもないだろう。ガザルさんの事だ。


 あの戦いの直後、服の襟を掴まれ別室へと引き摺られる姿を俺達は見送った。暫くしてシェラさんが泣きながら出てくるのを見た俺は、そっと部屋を覗き込んだ。バンッと勢いよく扉が開かれ、中には頬を真っ赤に腫らしたガザルさんがプルプル震えながら出てきた姿に思わず笑うと、頭をブン殴られたのだった。


 どうやらちゃんと仲直りしたらしい。ただ、ライガとはあれが初対面だった事もあり、どう接して良いのかお互いに探り合っているようだ。

 俺と似た境遇のライガとは不思議と馬が合い、一緒に基礎訓練をしたり、飯を食いにいく仲になれたのをガザルさんから心底羨ましがられた。



 一つだけ、あの戦いの後に大きな変化があった。


 マコトのスマホに新しい機能が追加された事だ。"通話"と言うらしいが、離れた所にいても青点表示の相手なら話ができるらしい。最も、マコトからしか連絡ができないので、相互連絡はできないのが欠点だとマコトは愚痴っていた。


 試しに一度、アブディラハムへと通話を行った時に珍事が起きたのだが、これは別の機会にでも語ろう。


 通話を使い、アブディラハムへ作戦成功の報告を入れると、二日後の早朝には、王都にある大臣室で優雅に紅茶を愉しんでいた。俺達が地下通路を使って真っ直ぐ来ても三日掛かった旅路を、いったいどんな速さで移動したらこんな事が出来るのか全くもって謎である。


 それとなく聞いてみたが、大臣なら当然だと何の参考にもならない返事が返ってきたのだった。



 それから数日後。

王の間で二人きりになる機会が出来た。


 「ようやく一息つけたな」

陶器でできたカップの紅茶を飲みながら、ふうっと息を漏らす。カップはアブディラハムの持ち物だろう。


 「ああ。父さんは物凄く大変だったよね」


 「大変だった……だが、頑張ってみるものだな。改めて礼を言う。俺を、この国を救ってくれてありがとう」


 「何言ってんだよ。国を救ったのは父さんじゃないか」


 「全ての始まりはトウマ、お前だ。お前を中心に小さなうねりが起き、それが大きな波となった結果だろう。お前には人を惹きつける力がある。感謝と助け合う心を忘れなければ、きっと皆が力を貸してくれるだろう」


 「そうなのかな」


 「今は分からずともやがて分かる時が来る。ところで、お前に大切な人はいるか?」


 「ん?そりゃ、みんな大切だよ」


 「違う違う。結婚したいと思えるほど、大切な人はいるのかと聞いているんだ」


 「いるよ」


 「ならば、きちんと気持ちを伝えておけ。アルス帝国との戦いが刻一刻と迫っているのだ。出来ればお前を前線に出したくないが、軍でのお前に対する評価は極めて高い。隊長として立つ日もそう遠くはないだろうからな」


 「分かった。考えてみる」


 「なるべく死なないように訓練をしっかりとしておいてくれ」


 「ああ」


 俺は王の間を出る。

(結婚……か)以前アブディラハムにも釘刺されていたのもあり、真剣に考えなければならないなと改めて思うのだった。



 「ああ、いたいた。トウマ!王宮の中庭に集合だってさ」


 「ん?なんかあったのか?」


 「良いから!」

マコトに腕を掴まれ、中庭に連れて行かれる。



 豪華な食事の前に、皆集まっていた。

 「揃ったな。本来は盛大にやるべきではあるが、ラスカル達の手前、小さく身内だけで祝勝会をやる事にした。今日は無礼講だ!皆、沢山食べ大いに楽しんでくれ!」


 こうして、突然の祝勝会が始まった。


 色鮮やかな野菜に、柔らかくて旨味が溢れる肉料理など、王宮料理人が勢揃いし、腕を奮ったそうだ。


 「おうトウマ!飲んでるかー?」

既に酔っ払っているラダが、肩に腕を回して絡んでくる。


 「俺はまだ酒を飲めないぞ」


 「んな、カタイこと気にすんなって。ホラ、飲んでみろよ」

口元にグラスを付けられる。


 「うげッ!苦い!」

こんなものを旨そうに呑んでたのかと思うほど、感じたことのない苦味に思わず戻してしまう。


 「わはははは!俺も最初はそうだったって。そのうち旨くなるんだよ。じゃ、楽しめよー!」

そう言って、ラダはルオの元へと向かう。


 「ラダさん、相変わらず賑やかだね」

ユノがスッと横に入ってくる。


 「きっと、ああやって楽しむものなんだろうな」


 「村から逃げるように出てきて、まさかこんな風に笑い合える日が来るだなんて、夢にも思わなかったよ」


 「あ、髪留め付けてくれてるんだな」


 「うん。これ、かなり気に入ってるよ。ありがとう兄さん」


俺達はしばらく二人で食事を楽しんだ。





 「それで?ライガとは上手く話せたの?」


 「いや……なんて話しかけてやれば良いのか分からなくてな。今更父親面するのも変だしさ」


 「ライガは待ってるのよ。貴方から話しかけてくれるのを。性格は貴方にそっくりだから、剣の指導でもしてあげたらすぐに仲良くなれるわよ」


 「そんなもんかね」


 「そうよ」


 「シェラ……十五年も放っておいてすまなかった」


 「もう良いわよ。お互い生きてまた会えたのだし。これで、他に嫁と子供なんて作ってたら、間違いなく殺してたわね」


 「でも、変わったなお前。なんか……強くなった」


 「母親だもの変わるわよ。貴方も変わったわ」


 「そうか?」


二人は昔話に花を咲かせた。





 「ねえ、マコくんの世界ってどんなところだったの?」


 「そうですね。魔法がないので、技術が飛躍的に発展していました」


 「ふうん。好きな人はいた?」


 「いませんよ。僕は勉強ばかりしていたので、友達付き合いもほとんどなくて……今思えば、なんで友達付き合いを無くしてしまったのかと後悔していますよ」



 「もしもさ、もし元の世界に帰れる方法が見つかったとして、マコくんは帰りたい?」


 少し悩んだ様子を見せた後、しっかりとリーナの目を見て答えた。

 「どうなんでしょうね。僕は両親のためにも、帰らなきゃいけないと頭では分かっているのに、帰りたくないと思う僕がいるんです。この世界で僕は、生まれて初めて生きてるって実感したんです。何をするにも命懸けで、皆必死に毎日を生きている。そんなこの世界が好きになったんだと思います」


 「そうなんだ。あたしにはマコくんの世界の事は何も分からないけれど、後悔しないようにしてね」



 「うん。ありがとう」



 こうして、それぞれの思いを胸に小さな祝勝会は幕を下ろした







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