第39話 王都攻略戦 1




 作戦決行の朝を迎える。


 「よし、揃ったな。これより王都攻略作戦を開始する。部隊指揮はガザルに取ってもらう。くどいようだが作戦目標は二つ。ラスカルの殺害とフリーデ合衆国への併合宣言だ。王宮までの案内はルオに一任する。それでは出撃だ」



 意気込んだものの、作戦らしい状況には王宮に接近するまで起こらないのだと出発してみて気が付いた。


 まずは、第一段階として、王宮への地下通路と繋がっている小屋を目指して森を突き進む。前の作戦のように、蒸し暑さで体力を奪われない分、とても楽な道のりだった。ガルシア王もすっかり体力が回復し、不自由なく歩けている。


 ルオが先頭を一人で黙々と歩いているのが気になり、横に並ぶ。


 「なあルオ。目的の小屋ってどんな所?」


 「話しかけないで下さい。周囲への警戒が出来ませんから」


 「警戒ならマコトが広範囲の索敵をしてるぞ?」


 「そんなの無理ですよ。だって、マコトさんはあんなに後ろに居るんですよ?」


俺は振り返る。

 「マコトぉー、周りに何か居る?」


 「居ないよー」

手を大きく交差させて、手でも伝えてきた。


 「ほらね」


 「まあ、確かに居ないみたいですが……」


 「マコトはやる奴だから大丈夫だよ。警戒は任せて今は体力と気力を温存しようぜ」


 「先生を……ゼツ先生を倒したって本当ですか?」


 「二人がかりだったけどね。マコトがいなければ、間違いなく俺が負けていたよ。今までで一番辛い戦いだった」


 「"身隠れ"使わなかったのでしょうか」


 「いや、最初から使ってきていたよ。破ったのは俺じゃないけどね」


 「それもマコトさん?」


 「そう、あいつは凄いんだ。腕っぷしだけが強さじゃないんだってあいつのお陰で知ったよ」


 「全然強そうに見えないのに……」


 「左前方、多分大型の魔獣。数一でこっちに接近中!」

後方から声が掛かる。ルオが驚いた様子で左前方を確認し、ナイフを構える。


 「はいよ!さぁて、今日の飯になるのはどいつだッ!」


 飛び出してきたのは、大型のトカゲだった。沼地にいた奴よりデカいし、後ろ足だけで走っている。明らかに上位の存在だ。


 「"光よ!"ブレイブエール!」

強化魔法を唱える。詠唱短縮が上手くいったようだ。俺とルオの周りに光球が螺旋を描くように昇っていく。


 「これは……?」


 「戦ってみれば分かるさ。さあ、いくぜ!」

大型の魔獣に対して、細かい技は悪手だ。振るうのは最大の一撃。振りかぶった瞬間、横から矢のような速さでルオが切り抜けていく。右足の付け根を切り付けたようだ。右足を庇ったトカゲは、僅かに首を下げた事で隙が生まれた。


 「うおうらぁ!」

ブーストを使いながら空中横回転切りを首に向かって放つと、トカゲの首は胴と切り離され、夥しい量の血が噴き出す。


 「見事だ。俺の出番は無かったな」

ガザルさんが腕を組んだまま頷く。


 「ルオ、良い援護だったぜ!ありがとう」


 「これが魔法……あ、あの!私にも魔法を教えてください!」

近い。額と口が付きそうなくらい急に接近してくる。ブレイブエールの効果で身体能力が上がっているせいだろう。


 「ルオさん、私が教えてあげますから。兄さんから離れてくださいいッ!」

ユノが、ルオを引っ張る。


 「チクショウ!魔法が使えれば、俺が二人きりで教えるのに!」


 「そういう下心丸見えな態度が、女の子を遠ざけてるのよ。ねー、マコくん」

リーナはマコトの腕に抱きついて、ニタニタとラダを見て笑う。ラダは悔しそうに歯軋りをしながら、俺とマコトを交互に睨みつけてくる。


 「大丈夫なのかこの部隊……」

ガルシア王は空を見上げてため息を吐く。


 トカゲはぶつ切りにして、その辺で採れた香草をまぶして臭みを消し、串に刺して火元に置く。一噛みすれば、口の中で肉汁が弾け、肉の旨味が口いっぱいに広がった。余すとこなく腹に収めた俺達は、再び王宮と繋がる地下通路入り口を目指していく。



 暑さが和らぎ、森が色付いているこの時期は木の実が沢山採れ、その木の実を食べに来る獲物を獲れれば、野営に困ることは無い。狩人だった俺はその事を知っているから、気持ちに余裕が持てたのだろう。


 普通、八人もの大人数で移動しようと思ったら、食料や水を大量に持ち歩かなければならない。だが、狩人が二人と、あらゆる物を食べられるかどうか即座に判断できる能力持ちが一人いれば、持ち込む食糧は最低限で困ることはないのだ。加えて、水魔法の使い手が二人もいる。水を求めて探し回る必要がないのも強みだろう。


 野営に対する不安がほとんど無いという意味では、王宮までの移動については、気を緩めていても構わないとガザルさんは言う。道中、俺達がどれだけふざけていても、黙っていてくれた。

 


 だからこそ、ガザルさんから声が掛かった時に異常さが際立ったのか、サッと全員が構える事ができた。



 「止まれ!!」



 「え……?きゅ、急に二人、索敵範囲に現れました。接近中です。全員、戦闘態勢を取って!」



 森を掻き分けて現れたのは、背丈の高い顔まで隠れるほどの黒い布を纏った奴と、目元の空いた真っ黒な面を被り、同じく黒い布を纏った奴の二人組だった。



 「こんな所で会うとは驚いたな」


 ガザルさんが剣に手を掛ける。


 「そう、敵意を剥き出しにするな。俺達は偶々通りかかっただけだ」


 沈黙していた、面をしている奴が口を開く。

 「おい、そこのエルフの女。その程度の魔法で俺達をどうにか出来るとでも思っているのならやめておけ。お前が魔法を放った時点で敵と見做す」

黒い面の目元が輝いて見える。綺麗な金の瞳と目が合うと、想像を絶する威圧感が全身を襲う。


(う、動けない……)

背中から冷や汗が流れ落ちる。圧倒的な強者だ。威圧だけで死を感じるなんて。


 目の前にいたはずの面の男が一瞬にして消えた。威圧感が消え、動けるようになり振り返ると、面の男はマコトの目の前に移動していた。


 「お前……そうか……おい、引くぞ」


 「貴方達はいったい……」

マコトが声を掛ける。


 「"グリム・リーパー"だ」

二人の立っている場所が歪み、それぞれ姿が消える。



 「ガザルよ。奴ら何者だ?」


 「分かりません。ただ、相当な強者である事は間違いないでしょう」


 「獣人国と帝国に対して妨害行為をしている連中らしいですよ。噂程度の情報だったので、真偽を見極めている所でしたが本人達が現れるとは」

ラダが答える。


 「目的が分からぬ以上、迂闊に手は出さない方が賢明だろうな」



 「グリム・リーパー……どこかで聞いたような……」

マコトが呟く。



 ひとまず警戒しつつ、先を急ぐ事にした。

ルオと二人で前方を警戒しつつ進み、辺りが暗くなり始めた所で、野営の準備に取り掛かる。



 夜は簡単な食事で済ませて、マコトの広範囲索敵を使いながら、交代で見張りをして一夜を明かすのだった――






 「なあ、本当にアイツら放っておいて良かったのか?」

黒い布を纏った、大柄な獣人の男は岩の上で食べ終えた骨を打ちつけ鳴らす。


 「問題ないさ。今の獣人国に彼らをどうにか出来る奴はいないだろう。唯一可能だった奴が、彼らの味方に付いたからな」


 「ああ、あのクソジジイか。確かにお前の言う通りだけどよ……」


 「お前こそ良かったのか?」


 「生きてりゃまた何処かで会うだろうよ」


 「俺としては、あの黒髪の男が生きてさえいれば、他がどうなろうと知ったことではないがな」


 「あいつなのか?」


 「おそらくな。あとは時が来れば道は開かれるさ」

二人の男は、バザム火山の方へと向かって消えてゆく。





 翌朝、素早く身支度をした俺達は出発する。


 余談だが、水魔法を使えると水浴びも魔法で済ませる事ができてしまう。離れたところからスプラッシュを使い、全身を濡らした後に水を操作して身体の表面の水だけを集めると、乾かす事もできるのだ。

 水魔法は戦闘で使うというよりも、生活を豊かにする便利さが秀でているようだ。


 夜のうちに判明した事だが、ルオの魔法適正は闇属性だったそうだ。リーナが驚くほどだから、珍しいのだろう。ちなみに、ラダは適性なし。魔力自体はあるから無属性魔法なら使えると聞き、ブーストを習得しようと意気込んでいた。



 そして、間もなく日が暮れるという頃に目的の場所へと到着した。



 小屋だと聞いていたが、鬱蒼と生い茂る草木のせいで、小屋らしきものは見当たらず、ルオに指差されても誰一人として発見出来なかった。


 それもそのはずで、小屋の面影は一切無くどう見ても廃材でしかない物が散乱した場所の地面に、地下通路の入り口は巧妙に隠されていたのだった。


 「中は暗いから気をつけてください」


 蝋燭に火を付けて灯りを確保する。事前に聞いていた通り、人が一人通れる程度の幅しかないが、両側面はしっかりと補強されており頑丈そうだ。ここから一日程度進むと、王宮地下に到着するらしい。


 地下通路に突入した時点で夜に差し掛かっており、夜通しの移動は避けて、通路上に座り込んで休む事にした。寄りかかれる壁はあるが、寝心地は最悪だった。蝋燭が一本消える頃(だいたい四時間ほど)に再び移動を再開する。どうやら、ルオとガザルさんを除いた全員が眠れなかったようだ。目を閉じているだけでも身体は休まるので、無意味では無かっただろう。


 最後の食糧である、硬いパンと干し肉を齧りひたすら通路をまっすぐ進む。


 暗くて景色の変わらない通路は、疲労が著しく溜まる。

後ろを歩く四人(ガルシア、マコト、ユノ、リーナ)の足取りが重くなりだした。


 「着きました。ひとまず外を偵察してくるので、ここで待っててください」

ルオは疲労の色を全く見せず、軽い足取りで偵察に向かった。


 「ああ、行っちゃったよ。僕のスマホが新しい地図を表示したから、索敵出来るようになったのに」


 「マコトよ、王宮内部の状況を見せてくれ」

ガルシア王がスマホを覗き込む。


 「妙だな。王の間が手厚過ぎる。それに大臣の部屋に誰もいないのは不自然だ」

確かに王の間には十以上もの赤点が表示されている。どう見ても侵入者に対して待ち構えていますといった様子だ。


 「計られましたかね」


 「おそらくな。ルオは切り捨てられた可能性が高いな」


 「ここに長居しない方が良さそうですね」


 「よし、これより王都攻略戦を開始する!だが、ルオが抜けたため部隊を再編成する。ルオに代わって、ラダが突入部隊に入れ。想定外の状況が続くようなら、ラダは後衛部隊との連絡役として動いてもらう」


 「作戦開始!」


 ガザルさんを先頭に、俺とマコトが真ん中で最後尾にラダがついた。


 地下から階段で一階へと登っていく。マコトの索敵曰く、ほとんど兵士はいないらしい。ルオは真っ直ぐ大臣室へと向かったようだが、そこには誰もいない。


 敵は明らかに王の間で待ち構えているのだが、他に手掛かりがない以上敵の策に乗るしかなかった。



 「そこだ。その二つ先の扉を開ければ王の間だ」


 「俺とトウマで扉を蹴破り侵入する。ユノとリーナはガルシア王を護ってくれ。ラダとマコトは臨機応変に行動。撤退条件は、ガルシア王の死亡、俺とトウマ両方の死亡、もしくは戦闘不能だ」


 全員が頷き、俺とガザルさんは剣を抜いた。


 「"光よ"ブレイブエール!」

全員の周りに光球が現れ、回転しながら身体に飲み込まれていく。


 「「ブースト!」」

 「「うぉうらぁああッ!」」


 凄まじい音と共に扉が部屋の内部へぶっ飛んでいく。

決戦の火蓋が切り落とされた――


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